365 | ナノ

Category:花井と田島
2013 23rd Feb.

○虹の色

【かみさまとお菓子やさん】



 ああ虹だ、と空を見ながら彼が云った。
 店の外に置いたとっときの席の長椅子で足をぶらぶらさせながら、その膝の上では梅昆布茶の入った湯呑みがゆるく息をついている。
 今日はうららの小春の日和。彼に倣って花井も空を見上げると、水でごく薄く溶いたような空色に、刷毛ですっと引いたような弧がぼんやり浮いていた。


「花井、おまえあれいくつの色に見える?」

「虹の色は七つだろ。」


 花は五つ、雪は六つ、虹は七つ。昔っからそう決まってるじゃないかと花井は言う。
 言いながら彼の隣に自分も座って、湯呑みの中身を傾ける。
 うすら白くゆらぐ湯気の中に梅の香りを嗅ぎ取って、ここいらの梅の木はそろそろ蕾をつける頃かなと思いを馳せた。

 年が明けてもうすぐ三月。いっとう冷え込む二の月もあと少しで終わるから、ここに春がくるのはそんなに遠くの事でない。


「いやさ。」

「ん?」

「七つってのはひとの云った事だろ。オレの云うのは、おまえがどう見えるかって話だよ。」


 二口めをつけようとしたところ、今ほどの問いの訂正をされたのでそちらを見る。
 焦げ茶色の真ん丸い目。透き通ったそれは真っ直ぐに、映すものを透かして見るからうそなんかつけっこない。
 だから花井はまた、ちょうど目の前に架かった橋を見上げてみた。

 でもこの口の云うように、いっぺんだって七つの色に見えた事はないのだった。


「えーと…赤に黄色に、緑に…紫?」

「四つ?」

「オレにゃそれっきゃ見えねーなあ。」


 妹たちは青があるとか言うが、花井には空の色に溶けて見えない。
 しかしそれを含めたって、広く言われている七つには届かない。それを言い始めた人間は他に何の色が見えていたのだろうか。


「で、それが何だって。」

「虹の色がたくさん見えれば見えるほど、そのひとは心が豊かな人間なんだってこないだ聞いた。」


 結構ひどい事を平然と云うので、湯呑みを取り落としそうになった。
 たくさん見えれば見えるほど、という事は、世の中七つよりも多く見る人間もいるという事か。
 仮に一般に云われている七色を基準とするなら、四色と答えた花井は平均より心が貧しいという事になる。

 心が貧しい。嫌な言葉だ。
 じゃあおまえはいくつ見えるんだ、と言ってしまってから、今から聞いたって遅いと気付いた。やはり発想も貧しいのだろうか。


「んー、少なくとも、花井が云った赤と黄色と緑と紫をさ、繋ぐ色があるわけだろ。」

「…あ、そうか。」

「赤と黄色の間が橙、これが三色だろ。んで黄色と緑の間が黄緑、で…えーと。」

「それで五つ。んで緑と紫の間が青で七つか。」

「そうそう。でも、もっと細かい間の色もあるじゃん。紫でも青紫とか赤紫とか、菫の色とかさ。」


 みんなそれぞれ名前があるだろ、と彼は云う。確かにほんの少し明るいだとか濃いだとかで、枇杷や臙脂や橙などと違う名がつけられている。
 成る程「たくさん」とはそういう事か。それなら絵師や染物師なんかはよっぽど豊かな人間という事になるが、それは考え方であって「見える」というのとはまた違う話だ。

 花井がそう云ったら彼はぷっくりした唇の端と端とを引いて、いたずらっぽくにっと笑った。


「おまえだってほんとは七つも見えないんだろ。」

「うん、花井とおんなじ。四つ。」

「おまえヒトコト余計。」

「でも近くで見ると、細かいのまで見えるぜ。」


 近くで、という言葉に少し、返事をするのが遅れたが、別におかしな事は何もない。
 普通の人間は空に架かる虹を近くで見たりはしない。その通り、それが出来てしまう彼は人間ではなかった。

 平坦な世にひとつだけぽこんと出っ張った大きなお山。その天辺で世を見そなわすお山の神様こそ、今隣で梅昆布茶を啜っている少年の正体だ。
 とは言っても彼自身は本体の膨大な力の一片から出来ているらしいので、彼と神様とは完全な等号では結べないそうなのだが、それでも人間と違うものである事には間違いがない。

 ひょんな事から花井の店に来るようになった彼は、普段はお山にいるらしく、その時に見たのだろう。
 すごいな、と云う事は出来るが、そういう言葉を彼は好まない。神様である彼は彼だけが振るえる力を持つが、それは生まれついて与えられたものであり、それを誉めそやされても彼を誉めた事にはならないとそう感じるのだ。


「お山まで行ってるヒマねーよ。ま、ほんとに見えなくたって、そういうふうに考えれば良いんだしな。」

「なんかトゲがねえ?その言い方。」

「違うよ、そういう考え方は結構すきだって事だよ。」


 花井が云うと、彼はほんとにと嬉しそうにする。
 里の名前を取って田島というこのちいかみさまは、本当にどこにでもいそうな年相応の表情をするから、花井もつられて一緒になってばかな話をしてしまう。

 でも結構、花井も田島といるのが好きなのだ。
 二人がおかしく話をしているうちに、太陽が出てきて虹はきれいに消えてしまった。


ーー How many do you think?

一年365題より
2/23「虹の色は何色?」

「何色」が「何の色」なのか「いくつの色」なのかわからなかったので、後者で。

 マヨヒガ花文庫の番外で考えている、花井と田島のお話です。
 三橋のマヨヒガのふすまと繋がっている別世界のお話で、田島はそこのイチかみさまで、花井は田島の管轄内でお菓子屋さんをしています。三橋がたまにおやつ買いに行きます。

 心の豊かな云々はうそっぱちですので、お気になさらないでくださいね!



 
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