365 | ナノ

Category:浜田と泉
2013 22nd Feb.

★決して口にしない言葉

【魔王番外】



 グラスに注いだ酒が僅か残り、氷塊を撫ぜて底にて揺らぐ。
 きらきらと光を溶かすその向こう。同じグラスを持つひとを見とめ、その肩口に額をつけた。


「どしたの、いずみ。」

「ん…。」


 アルコールより疾く疾くからだをめぐる声は耳から流し込まれて、それに身を捩ると小さく笑う声が触れた。

 こぼれた髪を掬って耳へ掛ける指を、いずみは横目に見る。
 その手を下ろされる前に取り、その指へ指を絡めると、いずみかわいい、と声は言った。

 かわいいと、好きだと彼はよく嘯く。
 いずみの欲しいものはまるでそれひとつきりで、他はなんにも欲しくない。
 その唇に好きだと耳に説いてもらい、同じ唇に触れてもらい、指で髪を梳いてもらい、その腕の中に収めてもらい、その眼に自分だけを映してもらう。

 つまりいずみの欲しいものは、彼の好意ひとつきり。
 しかし望めばいくらでも降って来るように思えるそれを、いずみは信じていなかった。


「はまだ」

「うん?」

「キスしたい。」

「うん。」


 請えばいくらでも降って来る。でもそれでは駄目なのだ。

 小さい頃から彼の事が好きだった。
 誰より格好良くて、優しくて、誰といるより楽しくて、いつも後ろをついて歩いた。
 彼もいずみには人一倍構ってくれて、大切にされていると思っていた。思っていたのだ、あの時までは。

 憧れがいよいよ恋に変わった時、はまだはいずみの前から姿を消した。
 何も言われなかった。他の多くも聞いていなかった。極々少なく行方を知るひとはいたが、自分にはそれすらも言われなかった。前日にも会っていて、また明日と言ったのに。

 何とも思われていなかったのだ。
 それから彼を探し出して、今や隣で睦言を囁かれる距離にはいても、その事は深い深いとても深い傷になった。

 好きなのに信じられない。
 こんなふうに囁いておいて、明日の朝には隣から居なくなっているかもしれない。
 そんな事がないとは絶対に言い切れない。彼の考えている事などわからない。


「目、閉じて。」

「ん。」


 請うたくちづけを瞼に受けて、いずみは繋いだ左手の力を強くした。
 こうして繋いでいる間は傍に居る。けれどこの瞼を上げた時には掻き消えていてもおかしくない。

 あの時のように。
 ある言葉はいつも喉までせり上がっては結局腹の底へ落ちる。
 歯の奥をきゅっと噛み締めて、いずみは瞼を上げられなかった。


ーー i want your words, fingers, lips.
   But i really want to say,

一年365題より
2/22「半信半疑」
のーせんきゅーですいずみさんと繋がってます。
ふつうのhmizでも良かったような気もしますが、これが魔王本編のhmizでもう一度出てきます。今回は前哨戦みたいなもので。


 
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