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2015 11th Jun.

○ あず子と悠一郎
【女装男子と男子】


 綺麗な女がいた。
 本日、田島の通う西浦高校では学校祭が開催されている。自分のクラスは展示だけなので当日の仕事は無く、田島は一人七組へ遊びに来ていた。
 七組は男装・女装喫茶をするらしい。ペラッペラのナース服やセーラー服、メイド服を着込んだ男子が意外と楽しそうにしている様はやや異様だが、高校一年生でまだ線の細い体躯では決して似合わないというわけではない。
 それに対し、ギャルソンに扮した女子は可愛らしかった。スカートを穿いていないだけで、長い髪をアップにしたり、少し涼しげなメイクをした彼女たちは、妙にテンションの高い男子よりもずっと給仕らしい。まあ、「男装」いった点ではあまりそれっぽくはないとも言える。

 そんな中、一際浮いている人物がいた。
 椅子に座っていても、長身である事がよくわかる。姿勢を正し、黒髪の陰で長い睫毛を伏せる様は正に牡丹の花である。
 立てばまるで芍薬だ。その慣用句が似合う程の、それは和装美人だった。
 眉あたりで切り揃えられた前髪は艶やかに黒く、真っ直ぐに下ろした後ろ髪は帯にかかる。着物の色は目を引く赤だ。彩度の高いその色に、古典の花が幾つか咲いている。上背があるから大柄の着物もよく似合っていた。

 けれど、美しくても、「彼女」は本物の女性からは程遠い。
 着物を着ているから体の線は隠れているが、それにも限度はある。
 高い身長に、丸みのない体。どちらかと言えば四角い体は男のものだ。
 それでも「彼女」は美しかった。男の体に派手な女物の着物を着、こぼれる袖から伸びた手は、大きく、角張り、やはりこれも男のものだ。
 それは違和感でなく、相応しさでなく、性別を超えて在る「美しさ」だった。

 それを装う「彼女」が「彼」だなんて、目眩がするようなのに。


「あ、田島ー」

「……ん。ああ、」

「えっ、田島、」

「よ。花井……えと、アズ子さん?」

「それはやめろ……!」


 「彼女」を見つめ、立ち尽くす田島の名を呼んだのは水谷だった。
 彼も七組の面子らしく、女装をしている。肩口などややきつそうなメイド服を着込み楽しそうにしている彼が田島を呼ぶと、手を引かれて立ち上がった「彼女」は目を見張った。
 そう、「彼女」こそ誰あろう、西浦高校野球部の一年生部長、花井だ。そして彼は田島の恋人でもあった。

 花井はその格好を見られる事を恥じたのか、反射的に田島から逃げようとして、手を引いてくれていた水谷の手を離す。が、着なれない和服にバランスを崩しかけ、そこを花井よりもさらに大柄の男に支えられた。


「着崩れるから下手に動かないでくれる」

「は、はい……」

「浜田、目ぇこわいよー!」


 端から見れば、儚い大和撫子を抱きかかえる色男である。しかし金髪にタオルを巻いた色男は、平生とは様子の違った目をして花井に凄んで見せた。


「浜田?」

「ん? ああ、田島! 丁度良かった、アズ子さん連れて体育館行ってくんね? オレまだ一仕事あるんだ」

「ええ?! ってかその呼び方やめてくださ」

「喋んないで口紅取れるでしょ。コンテスト前に直しに行くけど、直せないほど崩さないでね」

「うう……はい……」


 はい行った行った、と浜田に追い出された花井と田島、水谷は、そっと花井の手を取った。崩すな、と浜田が言いつけた為、出来るだけ小幅なストライドで歩くよう補助するが、その姿は幼児の歩行練習である。


「どーなってんの、水谷」

「あんねー。これから体育館で男装女装コンテストやんの。浜田はそれの優勝狙ってっから、うちの組の雑用する代わりに花井貸してくれって」

「ふーん……美形も大変だなあ、花井」

「美形じゃねえよ……!」

「美形だよねえ。みんなキレイキレイって写メ撮りまくってたじゃん!」

「おまえら肖像権って知ってるか……!」


 どうも話を聞くと、花井は目の色を変えた浜田にかなり振り回されたようで、手負いの野生動物みたいに気が立っているらしかった。
 改めて田島は、手を繋いだ先の花井をまじまじと眺める。

 平生なら化粧っ気など全くない顔に、坊主頭の男である。それでも目鼻立ちが整っているので素顔でも良い顔なのだが、化粧をした顔もまた綺麗だった。
 前髪に隠れはするが、眉も少し手入れされたらしく、揺れる髪の陰にはきりりとした眉が見える。目元は緑の色がつけられて、濃い緑のアイラインに沿い、つけまつ毛が伏し目を美しくするように下を向いて揃えられている。
 瞳は田島を見ようとしない。まじまじと見つめる田島の視線から逃れよう逃れようと、ずっとよそばかり見るのだ。
 そのわけは、粉を叩いた肌からは窺えない。けれど、着物と揃いの濃い濃い赤色に塗られた唇がきゅっと結ばれている事から、恥ずかしくて仕方がないのだとわかる。


「……いい、一人で歩ける、」

「あ、そう?」
 

 視線に耐えきれなくなったのか、水谷と田島の手を振り払った花井は、コツを掴んだらしくしゃなりしゃなりと歩き始めた。
 それでも田島は花井を見つめる。それは平生の花井が好きだが、今の花井もおもしろい。水谷が危ないと言うのも無視して後ろ向きに歩きながら、田島は花井を見つめる。


「花井、キレイだよ」

「……っ、嬉しくねーよ……!」

「そう? 誉めてんのに」


 田島の言葉を裏付けるように、廊下の生徒たちが振り返っては小さな歓声を上げる。
 ほらな、と言ってみるが、花井は結局一度も田島の目を見てくれなかった。




妄想より



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