「あの、分隊長。昨日はほぼ時間通りに食事を摂られたり、巨人たちのところでも周りが肝を冷やすようなことはされなかったと聞きましたが…」
朝食後、兵舎の長い廊下で、オレは分隊長に問いかけた。
「昨日? …ああ、うん、確かにね。何かいつもと違ってさぁ…何か変だったんよね。君がいなかったからかな?」
分隊長の何気ない一言に心が波立つように感じたけれど、きっとそういう意味では無い。それに…
「変というか、自分が思うに、いいことだと思いますよ」
「え?」
「ちゃんと食事を摂られて、危険なこともせず……自分がいない方が分隊長も自己管理が出来るんじゃないかと…」
何だかんだオレが口を挟んだり、止めていたことは実は逆効果なんじゃないかと、余計なお世話なんじゃないかと、昨日の分隊長の様子を聞いたらそう思えてきて…
「でもねぇ、モブリット。それじゃあダメなんだよ。昨日は君が来るまで本調子じゃなかったんだよ。この私がさっさと眠りたいなんて思ってさぁ…」
「いや、それは前の晩、寝なかったからでしょ?!」
思わずいつものように声を荒げてしまう。が、分隊長は一瞬キョトンとして、やがてクスクス笑い出した。
「ククク…だから君がいないとダメなんだよ。私が思う存分、巨人の研究に打ち込めるのも、食事だったり睡眠だったりを気にせずにいられるのも、君が、言うなれば…そう、立体機動のアンカーみたいにちゃんと支えて管理してくれるからだしね」
「アンカー…ですか?」
「そ。アンカーがしっかり目的に刺さってないと、思うように飛べないし、危ないでしょ?」
腰の立体機動装置をポンポンと軽く叩きながら、ニッコリ微笑む。
ああ、何かもう…何てさらっと言ってくれるんだ、この人は。
だいたいこの人は巨人に夢中になれば、アンカーどころか立体機動装置無しでも何とかなるんじゃないかと思わないでもないけど、オレのことをそう思ってくれるだけでなく、言葉にして伝えてくれることがとにかく嬉しくて…例えそ
の気持ちが一過性のものであったとしても。言った本人が言ったことすら忘れたとしても。
「何にしろ、あんまり無理しないで下さいね」
言っても無駄だと分かっていても言いたくなる。
いや、そう言いたいのではないのに…
「そんなに照れなくても良いんだよぉ、モブリット」
ガッ。
思わず顔面から建物出口の曲がり角にぶつかってしまった。鼻がつぶれそうな勢いで。
「君、すぐ顔に出るからね。ずいぶんと赤いし」
オレは痛みに耐えるふりをして、左手で顔を覆った。締まりのない、ニヤケた顔をしていたに違いない。恥ずかしいったらありゃしない!
「まあ、そういう君が好きなんだけどね」
…へ?
思わず分隊長を見れば、分隊長もオレをじっと見ていた。眼鏡の奥の瞳はいつになく穏やかな感じで…オレの願望がそう見せているだけなのかもしれないけれど。
「さあさ、早くあの子たちの所へ行こっ!」
分隊長はベチーンッとオレの背中を叩いて厩舎の方に駆け出した。
「いたた…」
今度は背中の痛みをさすりながら、今のが確かに夢ではないと実感した。
本当にもう、なんて人だ。
真意はともかく、その言葉だけで浮かれそうになるのを必死に抑えながら、オレは目が離せない人の後を追った。