いつもに戻る
「ハンジ分隊長、起きていらっしゃいますか?」

いつもとは違うノック、いつもとは違う声の、いつもとは違う呼びかけの言葉。

「うん、昨日から起きてるよ。モブリットじゃないんだ?」
「モブリットは朝早くから事務関連で呼び出されまして、自分が確認を任されました。朝食摂られてくださいね」

ハンジが徹夜したことに気付かなかったように、扉を開けることなく立ち去る靴音は、やはりいつもとは違っていた。

「忙しいね、モブリットも」

モブリットが多忙な理由の八割以上を占めているハンジが言うと何だかなぁな感じだが、当の本人は一晩中椅子に座りっぱなしの縮こまった体をぐーっと伸ばすと、あくびをかみ殺しつつ食堂に向かった。


朝食後はソニー、ビーンと遊ぶように実験・観察を繰り返していたハンジであったが、ふと自分の影が足元で小さくなっているのに気が付いた。

「もう昼か…」

太陽は真上、巨人たちの周りで警戒にあたっている人間も代わる代わる昼食を取りに行っていた。
夢中になれば食事どころか睡眠を取ることさえ忘れるハンジであったが、今日はいつもと何かが違っていた。

「ま、こんな日もあるよね。ソニー、ビーン、また後でね」

その些細な違和感の理由をあっさり片付けると、珍しく機能した腹時計に従うことにした。



「今日はずいぶんとおとなしいんだな」

昼食後、巨人たちの元を訪れたリヴァイがやや意外という風に話し掛けた。

「ビーンはともかく、ソニーはいつもおとなしいけど?」
「いや、そいつじゃなくてお前が」
「私? 何かそれって、私がいつも騒がしいみたいじゃない」
「モブリットが見当たらんようだな」
「話飛ぶなぁ。彼は朝から事務方の仕事でいないんだよ」
「…だから、か…?」
「??」

別にモブリットが居ようが居まいが、自分のやりたいことはやっているつもりであったため、リヴァイの言葉にハンジは疑問しか感じなかった。
だが確かに今日はソニーとビーンに噛みつかれそうになったり、というような身の危険は感じていない…いつもなら止めに入る人間がいないから、知らず知らずにやや引いた感じで巨人たちに接していたのだろうか。
いや、そんなことはない…はず。

巨人たちの前で巨人とは関係ないことを考えているハンジをリヴァイは面白そうに眺めていた。もっとも、リヴァイの表情の変化を読み取れる人間はそうそういないのだが。



夜も夜とて、腹時計に従った後、明日の会議で使う資料を書き上げると、妙に睡魔が襲ってきた。
いつもならこんな勿体ない時間の使い方はしない。徹夜したのは昨日だけだし、やりたいことはいっぱいあるし、やりたいことは何においても最優先でするというのに、今日はどうしたというのだろう。

張り合いが無い? 何に対して?

上着を脱いでベッドに寝転がると、それだけで瞼が閉じそうになる。

コンコン。

「モブリット?」

何故ノックだけで彼だと思ったか分からないまま、反射的に起き上がって問いかけていた。

「分隊長、いらっしゃったのですか? てっきり灯りをつけたまま巨人のところに行かれたのかと」

扉が小さく開かれ、確認のために訪れたモブリットの驚いた顔が少し見えた。
約一日振りにその顔を見たら、さっきまでの眠気も吹き飛び、知らず唇が弧を描いた。

「今からあの子たちのところへ行こうと思ってたんだ」
「今からですか?! というか、昨日寝たんですか?!」
驚いて扉を全開にし、ハンジの顔をまじまじと見つめるモブリットの勘というか、洞察力というか、一瞬の観察力に何だか嬉しくなり、そう言えば彼以外の誰にもそんなことは言ってもらえなかったと思い…。

「疲れているでしょ、早く寝てよ」
「寝られるわけないですよ。あなたが寝ぼけて巨人に食べられないように見ていないと」
「信用ないんだなぁ」
「分隊長が生き急いでいるだけです!」


ーうん、これだ。この声、この言葉、この人ー


やっといつもに戻ったと、どこかホッとしながら巨人たちの元に向かうハンジの後を、ため息を隠すことなくモブリットはいつものごとく付いていくのだった。
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