懐かしい、香りがした。その香りに俺は無意識に振り返ると、ああやっぱり。彼女がいた、足が動く、ぎゅっと後ろから抱き締めている自分が居る。ああ落ち着く。
『……あの、』
「何も聞かないで」
彼女の息を呑む音が聞こえた、ごくり。腰に回った腕の力を強くすると少し軋む音まで鳴った、駄目だ、こんな音は聞きたくない。もっと愛おしい音が聞きたい。愛おしさで出来た力は愛しさで鳴った音がベストなのだ、ごくり、彼女の喉がもう一度鳴った、俺はその喉に優しく口付けてから噛み付いてやった、かぷりと。甘い血の味が広がる。痛い、と彼女はぴくり、体をよじらせる。こんな事はしたくないのに。
どうせ覚えていないのなら、食べるぐらいに愛情で痛めつけて離れて、忘れて、何もなかった、と感じたい。噛み付いた傷が生々しく見えた、彼女の赤い血液がゆっくり、ゆっくりと流れてゆくのを止めたかった、だから舐めた。
彼女の血は甘い。愛しさで脳が狂っているんだ、フィディオ・アルデナは。
『ん、ぁ…』
「好き、なんだ」
背後での行動なら俺は何でも出来る、漆黒の髪の毛をかきわけて項を見付けるとキスをした、俺は狡い、狡くて仕方がない。
見守る彼女とサッカーを続けて、彼女と別れて、俺は世界に行って、この世界が集まる島にやってきて、彼女を見つけた。来ているだろう、と期待はしてた、彼女がここに来たのは俺のため、とか自惚れてみたい、そんな訳がないのに。きっと彼女は彼女の意思で来たんだ、俺の事なんて微塵にもないだろう。彼女の記憶に俺はないのだから。
「今だけだから、お願い」
『は、……っ!』
「愛してる、」
耳元で呟いた、この声が誰にも聞こえないように。
風にも、空にも、緑にも。
彼女を放した、このまま彼女は俺に目を暮れず前へ走って行くのだろうと考えて。
でも、違った、彼女は俺に振り向いた。懐かしい香りが、俺を包んだ。
『愛してる、フィディオ』
唇と、唇と、同士のキス。
ああ、そうか。そうだった。
「只の俺の想い過ぎだった」
***
フィディオにキスされ過ぎた