音楽室に流れるピアノの音に、茜は耳を傾ける。流れるようなそのメロディーを弾くのはもちろん拓人だ。鍵盤の上を、彼の指が滑らかに動く。自分には真似の出来ないその動きを、茜はただうっとりとした心地で見つめていた。演奏する姿をまじまじと見つめられるのはコンクールで慣れてはいるが、同い年の女子に見つめられるなんてそうそう無い。拓人は妙に緊張していた。
 曲が終わって一息つくと、茜から「神サマ」と声がかかる。そちらを向くと、突然のフラッシュ。思わず目を瞑りそうになった。そんな拓人に対して、茜はカメラを手に満足そうにしている。

「そういえば、演奏中は一度も撮らなかったな」

 別に大したことではないけれど、拓人はふと気になって茜に聞いた。練習中や試合の時はよく写真を撮っているのに、今はカメラを脇に置いたままで一度も撮らなかったのだ。一度気になってしまうと、何だか聞かずにはいられなかった。

「それは、神サマの邪魔になっちゃうから」
「邪魔に?」
「室内だからフラッシュが必要だけど、演奏中にそんなことをしたら神サマが集中出来なくなっちゃう」
「ああ……」

 確かに、さっきのフラッシュは眩しかった。もしあれが演奏中に突然光ったら、演奏が止まることは避けてられも、少し崩れてしまうかもしれない。そんな茜の気遣いが、少し嬉しくもあり、むずがゆくも感じた。思わず「別によかったのに」と言えば、「私がよくない」と返された。

「もう一枚」

 ふふ、と柔らかな笑みを浮かべて、茜はもう一度シャッターを切る。液晶画面に映る写真を確認して、「神サマ、いい笑顔してる」と言った。目の前で言われるとさすがに恥ずかしいが、笑顔で言われてしまうと何も言えない。そしてまた愛おしそうに写真を眺めていく。

「大切なもの、なんだな」
「一枚一枚、全部が宝物なの。前は神サマだけだったけど、今はサッカー部のみんなもいる。はい、どうぞ」

 差し出されたカメラを見ると、サッカー部の面々が生き生きとしていた。練習中の汗だくな姿、試合中の真剣な表情、休憩中の楽しそうな表情。その時々が切り取られたそれは、茜にとって大切なものであり、自分達が辿ってきた時間そのものの様な気がした。その中に自分がいる。その暖かな嬉しさが心に広がるようだった。
 そうやって写真を眺めていると、ほんのちょっとした興味がわいてきた。これを聞いたら、茜を困らせるかもしれないとは思ったが、口はすでに動いていた。

「なあ、山菜」
「なあに?」
「俺とみんな、どっちが大切って聞いたら……どっちだ?」

 茜が珍しく驚いた表情をしたが、すぐにいつもの様子に戻る。そして、逆に拓人を困らせる答えを返した。

「どっちも」

 どうやら茜の方が一枚上手らしい。

20120123

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