「……剣城くん?」
葵に声をかけられて、剣城は我に返った。そして、視界に入ったのは彼女の左手首と、それをしっかりと握る自分の手。思わず腕が強張って、葵の腕を放す。
「っ……悪い」
「? ううん、気にしなくていいよ」
少しだけ疑問に思いながらも、葵は笑顔で言う。けれど、剣城は眉間に皺を寄せ、微妙な表情のまま視線を右手に向け、喋ろうとはしなかった。ほんの数秒間の、その沈黙に耐えかねた葵が話題を振る。
「剣城くんも試合観に来たの?」
「……ああ」
相変わらず、剣城の態度は素っ気ない。それでも聞いたことへの返事はちゃんと返ってくるから、葵は微笑んで続ける。
「そっか。私は、天馬と信助が一緒だったけど……」
「はぐれたのか」
「うん。人に流されちゃった」
今、二人はサッカースタジアム前にいる。そこの規模が割と大きいこと、試合をするチームも互いにファンが多いことがあり、入場前の広場は人だらけ。これでは流されるのも仕方ないだろうなと剣城は周りを見て思った。
「携帯も繋がらないし、私ここに来るの初めてだし。どうやって合流しよう?」
葵は、いつのまにか取り出した携帯の画面を見ながら、困ったようにしている。表示されている発信履歴は『松風天馬』で埋まっていた。それを見て、剣城はちくりとした感覚を覚える。葵が天馬に電話を掛けようとするのに気づいた時には、口が動いていた。
「手伝う」
「え? 何を?」
「合流するんだろ。なら、一緒に捜す」
数秒の間剣城を呆けたように見つめた後、「いいの?」と驚き半分、喜び半分で葵は言った。彼女は思わぬプレゼントを貰った子供のような目をしている。それを見つめ返せず、剣城は視線を逸らした。
「……待ち合わせの場所は?」
「えっと、確か――」
葵の言ったところは割と近かった。それならすぐに見つかるだろう。「行くか」と声をかけると、葵は何故か学ランの端を掴んだ。
「何で掴むんだ」
「もうはぐれたくないから」
「……勝手にしろ」
じゃあ勝手にするね。そう言って、更にしっかりと掴んだ。まあ、手を掴まれるよりかはいいのかもしれない。さっき自分がしたことを思い出して妙な気分になる。
「あ。ねえ、剣城」
「何だよ」
「何で私のこと見つけられたの?」
人は多いし、私も剣城も、まだ身長そんなに高くないし。ね、何で?
葵が口にしたのは純粋な疑問だった。きっと本人は、大して考えずに、いつもの笑顔で言っているんだろう。
「ただの、偶然だろ」
それ以外に、言葉は見つからなかった。ふと見えた青色が葵の髪だったことも、不安げな彼女の表情が人混みの隙間から見えたことも、きっと偶然。彼女にはそうとだけ伝えておくべきだ。いつも隣にいるアイツに勝てる見込みはなさそうだから。
右手が、少しだけ熱をもっていた気がした。
真っ先に君を見つけてしまうこの愚かさをどうか笑ってくれよ。
アイツと楽しそうに話す葵も、葵の手に何気なく触れてしまうアイツも、剣城は直視することができなかった。
『きっと君を好きになる。』様に提出
20120406
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