立向居と春奈の感情が、友情から愛情とか恋とかの方向に変わっていることに、風丸は薄々気づいていた。彼も春奈に同じ様な思いを抱いてきたから。それでも何も行動を起こしてこなかった風丸と、春奈と積極的に接してきた立向居とでは天と地ほどの差があるのは目に見えている。だから、そのことに特に驚きはしなかった。ただ、彼女が幸せならそれでいいなんて思うことも、諦めがつくことも、気持ちの整理も出来ないままだった。
「……風丸、さん?」
「……」
だからって、こんなことをしていい理由にはならないんだ。それを理解していても、彼に我慢なんて出来なかった。
宿舎の食堂で二人きりになって、思わず春奈を引き寄せ、壁に押し付けていた。突然のことに、春奈はただ不安そうな目で風丸を見るだけで、どうしていいか分からない。少し経って、黙っていた風丸が口を開いた。
「なぁ、音無さ」
「……何ですか?」
「立向居のこと、好きなんだろ」
「……っ!」
春奈の顔が、分かり易いくらいに赤くなる。ほら、やっぱりだ。風丸が言えば、春奈は俯いてしまった。きっと、何で分かったんだろうとか、いつ気づいたんだろうとか考えてるんだろうな。春奈を見ながら、そんな風に考える。
「知ってるなら、何でこんなことするんですか」
春奈から発せられたのは予想していない言葉で。何で、なんて自分でもよくわからない。ただ、ひとつ言えることはある。そう考える彼を睨みつける春奈の目は少しうるんでいて、顔も未だに赤いままだった。
「好きだからだよ」
「……え?」
「音無のこと、好きなんだよ」
それ以外に何がある?風丸が切なげに言った。そう言われてしまうと、春奈はどんな言葉を返せばいいのか分からない。下を向いてただ悶々と考えた。彼の気持ちには応えられない。だって彼女が好きなのは立向居だ。普通の少女漫画だったら、「好きになってくれてありがとう」とか言うところなのかもしれない。でも、今の彼にそんなことを言える筈がなかった。顔を上げた時に、彼はひどく悲しそうな笑みを浮かべていたから。
「……どうすればよかったかな」
「私に聞かないでくださいよ」
「そうだな。俺、やっぱり馬鹿だ」
春奈を抑える手の力が緩む。そのままゆっくりと抱きしめられた。ただ背中に腕を回しただけの様な抱きしめ方は、今にも崩れそうな彼そのものの気がした。
「……もう、忘れるから。身勝手かもしれないけど、音無も……聞かなかったことにしてくれないか」
本当に身勝手ですよ。勝手に好きだ何だとか言って。文句のひとつでも言おうかと思ったけれど、止めておいた。今は震える彼は、とても弱い。
「お前の恋は叶うから、さ」
20120123
title by:彼女のために泣いた
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