水鳥の隣から、いつものようにシャッター音が聞こえてくる。正直この音にはもう慣れたし、別にうるさいとも思わないのだが、何となく気になることがひとつある。

「アンタさぁ、それ飽きないの?」
「……うん、飽きないよ」

 神童を撮ることに集中しているのか、茜の返事が少し遅れた。ここまで熱中できるものなのかと水鳥は内心呆れつつも、一途に相手を思えるところは茜のいい所だと素直に認めていた。

「あのね。人はいつも同じに見えるけど、いつも少しだけ違うの」
「少しだけって、例えば?」
「えっと、水鳥ちゃんの寝癖がいつもよりついてるところとか」
「な」

 振り向いた茜はにこにこと笑っていて、これはからかわれたなと妙に悔しくなる。茜はそんな水鳥の気持ちはつゆ知らず、また神童を写真に納め始めていた。

「瀬戸、さっきから何やってるんだ?」
「……寝癖直しだよ」

 茜の言葉が妙に気になった水鳥は、髪をしきりにいじっている。それが偶然霧野の目についたようだ。

「寝癖直しって……あー、なるほど」

 首の左側あたりが、周りに比べて少しだけ盛り上がっている様に見える。パッと見ただけでは気づかないが、よく見ればすぐに分かる。

「普段の瀬戸だったらそんなに気にしないだろ。それ」
「茜に言われたんだよ。いつもより寝癖ついてるって」
「山菜に?まあ、山菜なら確かに気づくかもな」

 葵と立ち話をする茜を見て、霧野が少し笑う。ついでに昨日見かけた彼女の寝癖の位置を言うと、昨日気づかなかったことや二度もからかわれたこともあり、頬を赤くして水鳥は怒り出してしまった。

「ったく、霧野まであたしのことからかいやがって!」
「何だよ、そんなに怒ることないだろ」
「怒るに決まってるだろ!だいたい二人して人の寝癖毎日見て面白いのか?」

 水鳥が怒りながら聞くと、霧野が平然とした様子で「まぁ、飽きないかな」と返してきた。

「もう訳分かんない」
「そんなにおかしいこと言ったか?」
「何で飽きないんだよ。あたしはそこが分かんない」

 そう言われても、理由なんてとても単純なものだったりする。きっと茜が神童を見つめつづける理由だって同じことだろう。それが分からないと言われても、一言言えばいいだけの話だろ。そこまで言っても水鳥は気づかないようで、霧野が仕方ない奴だなぁとため息混じりに言った。

「好きだからだよ」

 簡潔すぎる答えに、水鳥が返せたのが「……は?」の一言だけだったのは言うまでもなく。

20120120

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