「剣城ーっ、つーるーぎー! いいに加減起きるやんねー!!」
「……っ!?」
沈んだ意識が、急に浮かび上がるた感覚に襲われる。さっきのは、本当に夢だったのか。思わず小さく安堵の溜め息をついてしまった。それにしても、随分と縁起の悪い夢を見たものだとは思う。
「剣城ー?」
「……っ、何するんだ」
「起きなかったお仕置きやんね」
突然頬を抓られ、剣城は眉を寄せた。黄名子はむくれた表情でぐいぐいと剣城の頬を抓り続ける。頼むから離してくれ、と言われてようやく離した。
「お前な、少しは加減を」
「うちが何回起こしたと思ってるやんね? 全然起きないから大変だったよ」
「……ああ、悪い」
思ったより素直に謝られて、黄名子は拍子抜けした。別に本気で怒っている訳ではないのに。抓ったのも半分は悪戯心なのに。これでは何だか自分の方が悪者だ。実際、ちょっと加減を忘れていた。
「先に行く」
わしわしと黄名子の頭を乱暴に掻き回して剣城はキャラバンを降りていった。
何するやんね、と剣城の背中に声がかかる。彼はその声に気付かなかったふりをしてサッカー棟に向かった。
「変な剣城」
むう、と黄名子は不満を洩らす。素っ気ない態度は普段と変わらないのだが、今のはそれによそよそしさがあった。同じチームメイトなのだから、もう少し距離感が近くてもいいだろうに。
もう少し、心の内を見せてくれたらいいだろうに。
「剣城はたまに分かんなくなるやんね……」
黄名子はそこが不安だった。エースストライカーの事が納得いかないのだろうかとか。ぽっと出で生意気だと思っているのだろうかとか。そういうことがちらちらと脳裏に浮かぶ。まさか剣城に限ってそんなことは無いだろうとは思うのだが、不安が全く無いというのは、嘘だ。
何となく、剣城のすぐ横まで走っていった。横に並ぶと、剣城の視線がちらりと黄名子に向いて、また前を向いた。
「剣城、さっき何の夢見てたやんね?」
「何だ、急に」
「眉間に皺寄ってたの思い出したやんね」
「そうか」
「良い夢じゃ無さそうだったよ」
剣城は何も返事を返さない。苦し紛れに出した話題は続かなかった。沈黙の空気は、黄名子にはひどく重い。サッカー棟の入り口までが、妙に長く思えた。
ふと、剣城が視線を上げて、呟くように言う。
「……お前、サッカー止めるなよ」
「剣城、人のこと言えんやんね。急に何言い出すんよ」
「別にいいだろ。とにかく、止めるなよ」
「言われなくても。サッカー、止めんやんね」
そうか。
先程のより、軽く耳に入ってきた。まだ剣城のに関しては分からないことばかりのようで。ただ、少しだけ、それも悪くはないと思えたような気がする。
20121223
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