もはや、目の前のコイツが怖い。
馬鹿っぽくニコニコとした笑顔で俺の返答を待っている。
「っあの…」
「ん?」
「ごめんなさい」
一言そう言い残してそのままダッシュする。
ここが住宅街だとか、自分がスーツだとか、足を捻ったとか…そんなことも考えずに一心不乱に家まで走った。
「…はぁ、は」
住んでいるアパートの扉の前に立ってようやく息を整える。
持っていたコンビニ袋の中を覗き込むと、見事に唐揚げ弁当がぐちゃぐちゃになってしまっていた。
苛々しながらポケットから鍵を取り出して、扉を開ける。
「ただいま」
誰も返事をする筈のない部屋に向かってボソリと呟いた。
ネクタイを緩めて上着を脱ぐ。
鞄と脱いだ上着を適当にソファに放り投げて、自分もそのソファにばふりと腰掛けた。
「…ふぅ」
走ったせいで身体が汗ばんでいる。
肌寒い筈の部屋に、心地好さを感じた。
本当なんだったんだ。
一目惚れ?髪切らせて?
意味わかんねぇ。
目を閉じると、さっき話掛けてきた奴の顔が思い浮かぶ。
俺とは正反対の場所にいそうな、チャラくて阿呆っぽくて、世間体を気にしなさそうで…。
「はぁ」
思わず溜息が洩れる。
「…忘れよ」
今日の出来事を記憶から抹消してしまおうと、頭をブンブンと左右に振った。
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