>> 雨の功名
土のにおいが雨を予感させた。昼過ぎに風がでてきたので、これは降るなと確信したらついさっき予想通り雨が降り出した。サーッという音が似合う静かで細かい雨だった。
「うぁ、やっぱり」
予想通り、だけど生憎私は傘を持っていなかった。駅までだし、走って行ってしまおうかと昇降口の屋根の下から顔を覗かせていた時だった。名前を呼ばれて振り返れば黒色の傘を持ったアレン先輩が立っていた。
「傘ないの?」
先輩は鞄以外に何も持っていない私を見て自分の黒い傘を差し出して言った。
「これ、使いなよ」
「わ、悪いです」
両手をブンブン振って遠慮した。すると先輩は眉を少しひそめる。
「どうやって帰るの?」
「走って帰ります!」
「濡れちゃうよ?」
「大丈夫です!」
「大丈夫って・・・」
先輩は呆れたようで私を横目で見てため息をついた。
「じゃあさ葵ちゃん、こうしようよ」
私が理解できずに首を傾げると先輩は黒い傘を開いた。そして先輩は私の腕を軽く引っ張って、私の肩が先輩の腕ら辺にトン、と当たった。驚いて先輩を見上げると先輩は目を細くして言うのだ。
「これで問題なし」
問題なしって・・・
「えええぇ」
「どうかしました?」
「いや、どうしたっていうか・・・」
近すぎです!さっきから肩がツンツン当たって気が気でない。そんなドキドキな状態で駅まで歩けるわけないじゃないですか!
と言いたいけど、本人にそんなこと言えるはずもなく私がどもると先輩は眉を下げて私を見つめた。
「嫌、ですか?」
そして私には子犬のような瞳で見る先輩を拒む度量なんてなかった。
「――――♪」
先輩は心なしか機嫌がいいように見えた。斜め横から見る口は少し上がっていて、小さい頃よく歌った童謡を口ずさんんでいた。「ご機嫌ですね」と言えば、先輩は口ずさみながら私を見て微笑んだ。そして一曲歌い終わってから先輩が楽しそうに言った。
「傘に当たる雨粒の音とこの曲って合いますよね」
先輩に言われて意識してみると雨粒が傘にパラパラと当たる音がして、その歌とすごく合っている気がした。「ほんとだ」私が呟くと先輩はまた前を向いて口ずさみ始めた。
「危ないよ」
先輩が口ずさむのを止めてそう言うと同時に私の肩をぐいっと引き寄せて、私と先輩の距離が急に近くなった。私はわけが分からず心の中でひいひい言いながら、されるがままになっていると軽トラックが横を通り過ぎて水たまりの水がバシャンと跳ねた。
ああ、そういうことかと通り過ぎたトラックを眺めていると、先輩が私の後ろを通りそのまま私がいた車道側に回った。
「ごめんね、気付けなくて」
ちょっと制服濡れたね、と言われて見ればスカートに小さなしぶきの跡。「そんな・・・大丈夫ですよ!」と言うと先輩は眉を下げて笑った。
この信号を渡ればもうすぐ駅に着くという時に私は気付いてしまった。
「どうかした?」
先輩の、肩
「先輩、濡れてるじゃないですか・・・」
先輩の左の肩が濡れて制服の色が変わっていた。今までずっと私の左側にいたのが、車道側に移動して私の右側に来たことで気付いたのだ。そうか、冷静に考えて一つの傘に二人が入りきるわけないじゃないか。なのに私のスカートについたほんの小さな染みを気にした先輩。
「あ、濡れるよ葵ちゃん」
それでもまだ私を気遣う先輩に胸がキューンと締め付けられる。
「先輩、」
「ん?」
「すいません」
私は俯いて謝るとしばらく沈黙が続いた。
「葵ちゃん」
先輩が沈黙を破った。
「言われるなら、お詫びよりもお礼の方が嬉しいです」
ああ、先輩にはかなわない
「ありがとう、ございます」
「よくできました」
ニッコリ笑った先輩にドキドキして、また雨粒が聞こえなくなっていた。
雨の功名
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