>> もう一人の先生

キュッキュッとノートにバツをつける音が続く。自分で聞いててもやばいと思う。さっきからマルをつける時の気持ちいい音が全然聞こえないのだ。もう泣きたい、自分の解答用紙を見て切実に思った。

「あちゃー葵ちゃんこれはやばいね」
ティキ先生が目を丸くして言った。きっと先生もここまでとは予想してなかったんだろう。放課後の数学準備室で、私は「・・・ですよね」と肩を落とした。
数学が分からないから教えてくれとティキ先生に頼みに言ったまではいいけど、先生に「どこが分かんないの?」と聞かれて、答えられなかった私は相当やばいと思う。試しに先生が即席で作ってくれた小テスト(という名の基本例題)をやってみたらこれは悲惨。バツのオンパレードだった。

「どこが分かんないか分かった?」
「いえ全く」
「・・・そっか」
先生が私の解答用紙を見て「これはイチからやるっきゃないな」と呟いたのが聞こえてうなだれた。すると頭が少し重くなって顔を上げると先生が私の頭をワシワシと掻き撫でた。

「大丈夫、俺が教えてやるって」
「先生・・・」
やっぱり先生いい人だ、時々わけ分かんないけど。

「ていうかさ」
「はい?」
「珍しくない?葵ちゃん、数学ここまで苦手じゃないでしょ」
「う゛・・・」
「もっと言えばさ、俺よりいい奴がいるんじゃねーの?」
「えっと・・・」

そう、先生の言うとおり。言うとおりだけど、原因が原因なのだ。


――――――

「・・・で、少年のことでいっぱいいっぱいで最近勉強に身が入らないと」
「・・・・・はい」
「そっか・・・葵ちゃん」
「はい」
「どんだけウブなんだよ」
「すいません」

自分でもおかしいと思う。でも本当に最近頭の中先輩一色なのだ。もう本当に笑っちゃうくらいに。こうやって泣きそうな合間にも先輩が頭を掠める。そんな先輩に勉強を教えてもらうなんて出来るはずもなく、頼れるのは先生だけなのだ。

「それに先生、ヒマそうだし」
「なにその発言」
「リーバー先生は目の下にクマがありました」
「あー」
「とにかく、頼れるのは先生だけなんです!」

そう言った瞬間、先生がニヤリと笑った。何か嫌な予感がした。

「だとよ、少年」
「っ!?」

まさかと思って準備室の入り口を見れば眉間にしわを寄せた先輩が立っていた。

「なっ!」
驚いて先生を見れば「俺が呼んだ」と笑った。なぜ!?

「どーする?少年」
「どうするって何を・・・」
「これからテストまで毎日、俺が葵ちゃんの数学つきっきりで見るけど」
「別に。頼れるのは先生だけ、らしいですよ」

不機嫌オーラ丸出しの先輩。先生は先輩に手招きして、傍まで来た先輩に私の解答用紙を渡して「やばくね?」と言った。ああ、先輩にそんな恥ずかしい物見せないでくれ。

「このぶんだと、毎日夜遅くまで勉強しないと赤点だなー。まあ、遅くなったら俺が送ってってやるけど、葵ちゃん、少年とはしばらく帰れそうにないなー。まあ、俺も忙しいけど、葵ちゃんがそんなに頼むならしょうがないな。残念だな?少年」


グシャリ
先輩が持っていた私の解答用紙を握り潰した音だった。地鳴りのしそうな物凄いオーラを出して先輩はゆっくり口を開いた。

「範囲、どこですか」
「へ?」
今まで聞いたことのないような低い声を出した先輩にびっくりして、私は素っ頓狂な返事をしてしまった。

「・・・どこですか」
明らかに先生に向かって言ってるけど、先生が全然答えようとしないから私が「さ、三角関数、です」と恐る恐る答えた。


「・・・・・すよ」
「先輩?」
「やってやりますよ!!三角関数?得意中の得意です。僕が教えます!葵ちゃん、行きますよ!」
「え?うわぁぁ」

そう先生に言い放った先輩は私の腕を掴んでずんずんと歩き始めた。


こうして、テストまでの一週間、アレン先輩は期間限定でアレン先生に変貌を遂げた。



もう一人の先生
これってデジャヴ?



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