>> 先生のもくろみ

職員室の前を通ったらニヤニヤ顔のティキ先生に話しかけられた。
「ど?少年は気付いてくれた?」
私の返答を楽しみに待っている先生に私は答えた。
「まだ、先生だけですよ」
「あらま」
先生は驚いたような、期待はずれのような顔をして頭をかいた。

「ダメだね、少年は」
「別にそういうつもりで付けてきたんじゃ・・・」
ない、と言う前に飲み込んだ。階段の前に先輩がいたから。顔がこちらをじっと見ていた。しばらくしたら先輩はフイッと向こうを向いて階段を上っていってしまった。

あ、れ?

「今、少年こっち見てたよな?」
「はい」
「だよな?」
「たぶん・・・」

いつも会えば話しかけてくれるのに。あまり大したことではないかもしれないけど、何故かすごくショックだった。

「んー、これはまさか・・・」
「先生?」
「まあ、なくはないな」
「は?」

先生は意味深な言葉を残して職員室に入って行った。なんなんだ。


―――

「これは、こう」
ティキ先生がノートの上にサラサラと数式を書いて丁寧に解説する。私は時々頷きながらノートをじっと見ていた。ていうかなんで職員室の前なんだろう。先生に問2を教えてくれと言ったら、「じゃあ放課後に職員室前に来な」と言われた。机、机が欲しいです先生。
「・・・そろそろかな」
先生の呟いた言葉に顔を上げたら先生が含み笑いをして少し声を大きくして言った。

「なんか今日俺葵ちゃん率高いわ」
「葵ちゃん率?」
「葵ちゃんと一緒にいる割合」
「ああ、まあそうですね」
「俺葵ちゃんのヘアゴムも気付いたしさ、葵ちゃんのことよく見てると思わない?

なあ?少年」

先生の視線の先が私を通り越した何かに向いているということに気付いた私は‘少年’という言葉に素早く反応して後ろに振り向いた。そこには明らかに不機嫌な先輩が立っていて、「別に・・・」と小さく呟いた。

不穏な空気が漂う。

微笑む先生と物凄い眼力で先生を睨む先輩。そしてその間で事の事情が飲み込めずにオロオロする私。私は分からなかった。先生が何をしたいのか、先輩がなんでそんなに怖い顔をしているのか。


「・・・行きますよ」
「はい? うぁっ」

突然先輩が私の腕を掴んで階段のほうへとズンズンと歩き始めた。その力はとても強くて私は半ば引きずられるように先輩の後をついていった。数学のノート!と振り返ったら、先生は私の数学のノートを持った手をヒラヒラ振ってほくそ笑んだ。

昇降口に着くまでの廊下を先輩は私が軽く走らなければついていけないような速さで歩いた。後ろから見る先輩の顔が、怒っているような、悲しんでいるような、そんな気がして私の息は苦しくなった。私はこんな先輩を見たことがなかった。


「せんぱ・・・」
切れる息を押し殺して絞り出したその声に先輩は急に立ち止まった。そして私は勢い余って先輩の背中にぶつかった。しばらく沈黙になった後、先輩が後ろ姿のまま静かに話し出した。

「なんか気に食わない」
「・・・・・先輩?」
「僕も分かんないけど、なんか嫌なんです。イライラするんです」

いきなりブワッと強い風がふいて、私の髪は激しくなびいて思わず目を閉じた。

「そのヘアゴムも、本当は僕がいちばん最初に気付きたかった」
その言葉に驚き次に目を開けた時には、先輩はこっちを向いていて、ゆっくりと手を伸ばし乱れた私の髪を少し乱暴に整えた。

「いちばん最初に可愛いって言いたかった」


「せんぱ・・・・」

「とか言ってもしょうがないですよね。僕何言ってんだろう」
先輩は苦笑いして私に伸ばした手をそのまま私の頭に乗っけてポンポンと軽く叩いた。

「僕、行きますね」
「え・・・」
「ばいばい葵ちゃん」

先輩はそう言って下駄箱の靴を出して、足早に校舎を出ようとした。
その時私は何故か、止めなきゃと思った。私、まだ先輩に言いたいことがある。だめだ、このままじゃだめだ!


「先輩っ」

思うよりも早く先輩のYシャツの袖を掴んでいた。スリッパのままで地面の砂利を踏んだ。先輩の目はこれでもかってくらいに見開いていた。

「次は・・・!次私が新しいヘアゴムつけてきたら、
私は・・・いちばん最初に先輩に気付いて欲しいです」

それがあの時の私の正直な気持ちだった。


先生のもくろみ

「ティッキー何笑ってんのぉ?」
「いや、青春だなと思ってさあ」

ティキぽんは確信犯。



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