>> メロンパンの子
とにかく視線が痛かった。
それもそのはず。だって一年生の私が二年生の棟を歩いているんだから。私以外のスリッパはみんな青色なのに私だけ赤色。もう今すぐにでも走って帰りたかったけど、できない理由がある。先輩にこの間買ってもらったメロンパンのお金を返していないのだ。こういう時に限って渡り廊下で先輩と会えない。本当はこんなこと恥ずかしいから絶対にしたくないけど、なにせ事がお金だから・・・。と、私の生真面目さが許してくれなかった。(ロードに頼んだけどついてきてくれなかった)
先輩は確か3組だ。幸い前の戸が開いていたので、そーっと教室の中を覗いた。しかし先輩はどこにもいなくて、私に気付いた数人の女の先輩が私の方を見ただけだった。だんだん視線が集まってくるのが分かって私は咄嗟にいちばん近くの席に座っていた髪の長い女の先輩に声をかけた。
「あ、あの」
「あ?」
凄まれて驚いた。男の人だった。すごく綺麗な顔してるけど、何故かものすごく怖い。私は一瞬ひるんでおずおずとその先輩に尋ねた。
「アレン・ウォーカー先輩はいますか?」
そう言うと、先輩は一層顔を歪ませて私に舌打ちをした。
「お前、モヤシのタオルに水ぶっかけたやつか」
「・・・はい?」
言ってる意味が分からなかった。タオル?水?
「お前、最近モヤシにつきまとってる奴じゃねえのかよ」
私がつきまとってる?
その言葉だけが頭の中を永遠にリピートされ、私は何も言えなかった。
バコンッ
いきなり何かを叩くような音がして先輩を見ると、ツインテールの可愛い先輩が立っていて、手には分厚い教科書を持っていた。怖い先輩が頭を抑えて目を丸くしてるところから、今の音は教科書で頭を叩いた音だろうと思った。
「もう、神田だめよ。そんな風に言ったら」
可愛い声で神田先輩という人に注意をする。神田先輩は私を見てもう一度舌打ちをした。女の先輩はため息をついて私に「ごめんなさいね、今神田機嫌が悪いの」と苦笑いした。私も苦笑いしか返せない。
「おっ葵ちゃーん!」
いかなり後ろから抱きつかれて、いつだったか感じたあの本能がサイレンを鳴らす。チャラい人だ。
「・・・こんにちは」
「え、何。俺もしかして既に嫌われてんの?あだっ」
「無意味に葵ちゃんに触らないで下さい」
ラビ先輩の腕から解放された私はずっと探していた先輩の声に振り向いた。
「こんにちは」
いつも通りの笑顔に私はひどく安心した。しばらくそれを見てた女の先輩は、はっとしてアレン先輩に聞いた。
「葵ちゃんって、メロンパンの子?」
「そうですそうです」
「じゃあ、神田の勘違いじゃない」
「あ?」
「この子はアレン君につきまとってる女の子じゃないわ。謝らないと」
「なんで俺が」
「いいから!」
神田先輩はキッと私を睨んだかと思えばフイッとそっぽを向いた。
「リナリー、どういうこと?」
アレン先輩がリナリーに尋ねた。
「神田が葵ちゃんを最近アレン君につきまとってる女の子と勘違いしたのよ」
「ええ!ごめんね葵ちゃん。全然気にしなくていいから」
「いえ、全然」
そう言うと予鈴が鳴ったので私が帰ろうとしたら、アレン先輩が「送ります」と言ってついてきてくれた。すごく視線を感じたのはきっと気のせいじゃない。
「そういえば、何か用事だった?」
職員室の前で先輩が言うまですっかり忘れていた。私は制服の胸ポケットに入れていた120円を取り出した。
「メロンパンのお金、です」
「そんなのいいのに」
「いえ、ありがとうございました」
「どういたしまして」
「あと、」
「ん?」
「メロンパンの子ってなんですか?」
リナリー先輩の中で私は‘メロンパンの子’らしい。
「ああ、この前リナリーに葵ちゃんのこと話したんだ」
「私の話ですか・・・!」
「うん、よくする」
よく?私の話を?
「あ、本鈴だ。じゃあね、葵ちゃん」
何を話してるのかは結局聞けなかったのだけど、なんか嬉しいような、気になるような、不思議な気分になった。私は先輩が見えなくなるまでぼーっと見つめていた。
メロンパンの子
――――
つきまとってる子、は短編の猪の女の子だと思って下さい。上手くまとめられない!
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