>> 先生の狙い

「あら、今日は早いのね」

玄関で靴を履く私にお母さんが投げかけた。

「うん、ちょっとね」

そう言って家を出たのは朝7時のことだった。


まだ重たいまぶたをこすりながらいつもの道を歩く。時間が早いせいか人通りはまだ少ない。私は約束をしていたのだ。そして約束を破ってはいけない、と足早に駅の改札前を通り過ぎた。

その時、私は昨日の先生との会話を思い出していた。



「いいか、俺の案はこうだ」

先生が人差し指を立てて、私を見る。私は制服で涙を拭い、鼻をすすり先生を見た。

「まず、お前明日から少年と喋んな」
「ええっ!?」

あまりに突飛な提案に私は驚きを隠せない。だって今先輩と離れたくないって言ったばかりなのに、喋るななんて予想外すぎる。

「せ、先生?私先輩と離れたくないんですけ」
「あのな、葵ちゃん。世の中には押して駄目なら引いてみなって言葉があってな?」
「はあ・・・」
「まあ、葵ちゃんはまだ押してもないけどな」

立ち上がった先生は窓を開けてタバコに火を付け、グラウンドを見る。そして煙の混じった息を一つ吐いて呟いた。

「ま、遅かれ早かれあっちが動くだろ・・・」

先生の言っている意味が把握できずに「状況が飲めません」と言うと、先生は顔だけをこちらに向けて微笑んだ。少し呆れているようにも見えた。

「あ、あとさ。お前明日から朝と放課後はここに集合な」
「・・・なぜ?」
「なぜってお前の数学みるためだよ」
「ああ、なら放課後だけでいいんじゃ・・・」
「集合ね」

先生はにっこり笑って首を傾けた。


というわけで、半ば強制的に早朝登校しているのだ。先生の意図はよく分からない。分からないけど、いちばん分からないのは、


「先輩・・・」

先輩がいない並木道はいつもより長く寂しいものだった。



先生の狙い


20111105



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