>> 鍵を握るのは
「でー与式にxを代入して」
先輩って好きな人いたんだ
少なからず私の中には衝撃が走っていた。でもそうだよね、あんなにかっこいいもんね先輩。
いいんだ、私は先輩と今みたいに話したりできるだけで十分なんだ。
でも、どうしてこんなに気になるんだろう。どうして悲しくなるんだろう。
分からない、分からない
「おま、ロードちゃんとノートとれよ」
「えぇ〜いいじゃん葵もとってないよぉ」
「えっ」
「葵ちゃんがとってないはずないでしょ・・・」
「・・・・・」
「あー」
「すいません」
授業中だと完全に忘れていた私のノートは真っ白。黒板には図や数字がびっしり。情報量の多さに見ただけで目眩がする。
それでも、私の頭から先輩が離れることはなかった。
―――――――――
「でさ、何かあったわけ」
数学準備室の中だけど、校内で堂々とタバコをふかした先生が私を見た。狭い準備室の中ではタバコの煙が早く充満してしまう。先生は私が煙にむせたのを見て、「あ、わり」と言ってタバコを灰皿に押し付けた。小さな火がまだくすぶっている。
さすが先生と言うべきか、生徒の変化には敏感らしい。あの授業の後、私は先生に放課後に準備室へ来るように言われた。それが今だ。
「少年関連なんだろ?」
「いや、あの」
「言ってみろって、な?じゃないとお前また数学やばくなんぞ」
先生はケラケラ笑った。
「せ、先輩が・・・」
私は重い口を開いて、先生に全部を話した。
「葵ちゃんってさ」
「はい」
「馬鹿なの?」
「はい?」
「先輩に好きな人がいるから諦めたいの?」
「じゃないと、先輩と話せなくなるじゃないですか」
「好きな人が誰かも分かってないのに?」
「でも先輩私に教えてくれなかったし・・・」
ぶつくさ言う私を見て、先生は頭をかいてため息をついた。きっと私に呆れてるんだろう。
「なんで、少年は葵ちゃんに教えなかったんだと思う?」
「なんでって知られたくないからじゃ・・・」
「なんで?」
「なんでって・・・」
先輩と私の距離は思っていたよりもずっと遠くにあったから。
静かに頬を涙が伝った。
「せんせえ・・・」
「うおっ どうした」
先生は慌てて箱ティッシュを差し出してきた。嗚咽は止まらない。先輩との距離が急に遠くなったようで、悲しくてどうにかなりそうだ。
―先輩の恋が実って、彼女さんができたら、先輩の隣にはいつもその人がいるのだろうか。
大好きな登校の時間も、私といる先輩の時間は全部彼女さんにいってしまうんだろうか。
それでも諦める?
私はそれでもいいのか?
本当に?
違う
「先輩と一緒にいたいです・・・諦めたくないです」
小さな声で絞り出した本音はひどく自分勝手で格好悪いものだった。
先生は俯く私の頭を暫く優しく撫でた後、小さく呟いた。
「俺にひとつ案があるんだけど」
ある火曜日の夕方の数学準備室でのことだった。
鍵を握るのは
20111017
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