>> 衝動

「あ、そこ違うよ」
「ええ・・・!」
「ここは、こうして・・・」

先輩は私の机の前のイスに座って私のノートを覗き込んだ。そして先輩はノートにサラサラと数式を書いていく。逆さまのノートに字を書けるなんて、器用だ。伏し目がちになったまつげの影が頬に落ちる。うぁ、綺麗だな。

「それで・・・って葵ちゃん?」
「っ!はい!!」
「聞いてます?」
「・・・すいません」

先輩の宣言通り、今日から一週間、私の数学を先輩が教えてくれることになった。でもやっぱり私、いっぱいいっぱいで集中できません!

「葵ちゃん」

突然じいっと真剣な顔で見つめられて私は固まった。


ヒヤッ


「うぇっ!?」


先輩が私の額に手を当ててきたのにビックリして素っ頓狂な声をあげると、先輩は真剣に「動いちゃだめ」と言った。何がどうしてこれ!?


「うん、熱はないね」
「ね、熱?」

だからおでこ?

「いや、葵ちゃん顔赤かったから」
「あ・・・ははは」


熱、ですか。
まあ、間違ってはいない。


私は形になってない笑いでごまかした。




「あ、これバツ」
「え」
「これさっきも間違えてたよ、葵ちゃん。この公式はcosθを使うんだよ」
「あ、そっか・・・」

先輩がうーん、と腕を組んで椅子にもたれかかった。あ、私先輩を困らせてる。そして私が再び問題に取りかかろうとした時、先輩が呟いた。


「ティキ先生の方が分かりやすい?」


先輩の予想外の言葉に、私は顔を上げて先輩を見つめた。

「なんか勢いで僕が教えてるけど、葵ちゃんは最初先生に頼んだでしょ?」
「いや、先輩ちが」
「やっぱりティキ先生に教えてもらった方が」
「ち、違いますよ先輩!」
先輩が言い切る前に私は勢いよく立ち上がる。椅子は悲鳴を上げる。

違うんです、

「葵ちゃん?」
先輩が私を見上げる。


違うんです、先輩。
私は・・・


「私は!」


先輩が教えてくれるって言ってくれたとき、すごく、すごく嬉しかったんです。でもこうなるって分かってたから、先生に頼んだんですよ。

だって先輩、私は


「先輩がっ!」




「〜〜〜〜っ!!」

口走りそうになった言葉を押し込めた。そして勢いよく椅子に座り机に突っ伏した。


私、今とんでもないこと言いそうになった。



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