杯は四つ[3/4]




「これで、残るはきみと僕だけになるわけだ」
 と三時の席に座る少年が、テーブルの下で足を組み替えた。
 彼は正面に座る九時の席の少年へ、挑発的な視線を投げかける。
「どうする、続けるかい? 僕ときみのどちらが毒を飲むべきなのか」
「それは……どうだろう」
 九時の少年は慎重に思ったことを口にした。「僕らの正体を明かしたところで、部屋から出る方法がわからないというのは変わらないよ。どのワインに毒が入っているのか、肝心の判別方法がわからない。こんなもの、飲まなくて済むなら飲まないほうがいいに決まってる」
「同感だ。二人のうちのどちらかにしぼっても、方法がないんじゃ仕方ない」
「その方法なら、ないわけでもないよ」
 と口を挟んだのは十二時の少年だ。三時の少年が口を曲げる。
「へえ。じゃあきみにはどれが毒入りかわかるっていうの」
「まあね。判別自体は簡単なんだ。ワインを飲めばいいんだもの、一口だけね。そうすれば毒かそうじゃないかはわかる」
「それ、『わかる』って言わないよ。結果を見て判断してるだけだ」
「でもそのグラスに毒が入っているかはわかるだろう?」
 かつては残虐な殺人事件を捜査したという、この年長の探偵助手は、笑みこそすれどもちっとも冗談なんて言っていないのだ。愛嬌のある、人の悪い笑みは探偵の特権なのだろうか。
「ただ、この毒がどのくらいの時間で身体に回るのかわからないからね。だからたとえば、三人がそれぞれ同じタイミングで口に含んだなら、どれが当たりのグラスなのか一目瞭然じゃないかな」
「そうそう、致死量はわからなくても、体調の変化くらいはあるだろうから」
 と意見に乗っかったのは六時の少年だ。
「メッセージには毒入りだとは書かれていても、飲んで死ぬかどうかまでは書かれていない。もし助かる見込みがあるならさ、毒を飲まなかった最後の一人が急いでワインを飲み干して、それで医者でも連れてきてくれればいいんだ」
 果たしてここはどこで近くに医者なんているのかどうか。そんなことは口にするだけ無駄なのだ。自分が相手だからこそそれがわかる。九時と三時は困りかねたように目を合わせた。
「そうくると思ったから、この話は続けたくなかったんだけどな」
「どうあっても推理しないと気が済まないんだ。グラスの問題ってのは結局のところただの博打なんだもの。僕らが何者なのかを言い当てるまで納得しないぞ、彼らは」
「乗るのかい」
「興味はあるね」
「我ながら酔狂だと思うよ」
 三時の少年は席を立った。九時の少年もまた席を立つ。三時の少年が反時計回りにテーブルを回ってくるほうが早かったので、二人は九時の側に並んで立った。
 向かって右側に立つ、三時の少年のほうが一回り程度は背が高い。黒の詰め襟だからというのもあるが、すらりとした身体は長くしなやかで艶めかしい、毛並みの良い黒猫のようだ。
 対する九時の少年のほうは、これといって大きな特徴はない。りんごほっぺの愛らしい顔つきで利発そうなまなざしをしているが、それはこの場にいる全員がそうなのだもの、特徴にはなり得ない。
 二人はまじまじと互いを見比べて、首をひねりながら言った。
「きみのほうが年上かな」
「だろうねぇ。きみは女の子の僕と同じか、少し上くらい?」
「おそらくね。でもなにがそんなに違うかと言われたら、どうだろう。きみのほうがさぞ舞台映えするだろうとしか。学生服ってかっこいいね」
「ふふふ、きっときみも似合うよ」
 腰に手を当てて快活に笑う少年は、九時の少年からすれば学年上の先輩といった感じだ。紅の唇からのぞく歯は白く整っている。自分相手に思うのも変な話だが、彼が探偵団の先輩ならさぞ頼もしく思えるだろう。
「そんなら、上だけでも着せてもらったらどうだい」
 と横槍を入れたのは六時の少年だ。
「試しに合わせてみたらいいよ。イメージが変わるかもしれない」
「いまはそんな場合じゃないでしょう。それに僕じゃサイズが合わないよ」
「じゃあ、単刀直入に言おうか。上着を脱いでみてほしいんだ」
 それが単なる戯れからくるものではない、と気づいたのは、ひとえにそれが自分だからだ。三時の彼も、降参とでも言うように両手を挙げ、余裕たっぷりに笑った。
「いいよ。きみがそれで満足するならね」
 と詰め襟の第一ボタンを外した。
 下はなんの変哲もない白無地のシャツだ。彼は慣れた様子で上着のボタンを外しきると、脱いだ上着をばさりと払って九時の少年の肩にかぶせた。やはり一回りサイズが大きい。
「これでいいかい?」
 三時の少年が、提案者である六時の少年へ目をやると、相手はにっこりとして言った。
「悪いけど、シャツのボタンも外してくれるかい。上のほうだけで構わないから」
「どうして? これで十分じゃないか。これ以上ってのは嫌だぜ。シャツまで貸してやる必要はないよ」
「全部は脱がなくていい。首のあたりまででいいんだ」
「女の子のいる前で恥ずかしいなあ」
「女の子でも『僕』だよ」
 六時の席の探偵助手はなおも引かない。
「それとも、なにか脱げない理由でもあるのかい」
「……僕が言えた立場じゃないが、」
 言いながら、すらりとした手がシャツのボタンを外していく。
「こういうのはされる側からするとたまったもんじゃないね。犯人たちが逆上するのもよくわかる。自棄になって自殺しようとするのも納得だ。……で、これでいいかい?」
 シャツの前をすべて外し、彼は両手で中身を開いて見せた。
 九時の少年と十二時の少年には、その意味するところが一目ではわからなかった。胸の部分だけを覆う、皮膚より少し濃い色の肌着。あれは防弾チョッキかなにかかと不思議がる彼らを置いて、六時の少年はあっさりと言った。
「胸つぶしだね」
 それに対して三時の少年は頷いた。
「そうらしいね。頼むからこれを取れとまでは言わないでくれよ。いくら自分だからって軽蔑するぞ。自分でもまだこの下がどうなってるか見てないんだから」
「やっぱり女の人だったんだね」
「身体はね。なんでこうなのかは知らないけど」
「最初っからじゃないんだ?」
「少なくとも、変だと気づいたのはここで目が覚めて、きみたちが自分自身のことを話しはじめてからだ。胸のところが窮屈でね。きみはどう? どこで変だと思った?」
「その顔、お化粧してるでしょう」
「みたいだね」
「それに、声に違和感があった。お芝居をしている感じがするというか、女性が低い声を出しているような」
「別に無理して作ってるわけじゃない。これが地声だよ」
「そうなんだ? でも、僕は喉仏があるかどうかを見せてほしかっただけだよ」
「ははは。でもこっちのほうが早かっただろう?」
 言いながら、三時の彼はシャツのボタンを止めていく。そしてここまで会話に参加していない二人が、口をぽかんと開けていることに気づくと、弁解するように両腕を身体の横に広げた。
「隠してたわけじゃない、自分でも説明できなかったんだ。僕はそっちの僕と違って、自分では自分のことを男だと思ってたんだもの。だからこそ、こうなってる理由が自分でもよくわからないんだ。僕っていったい何者なのかな? 僕は自分が女の子だなんてこれっぽっちも思ってなかったんだけど……と、ここまで話についてこれてるかい?」
「たぶん」
「でもちょっと整理する時間がほしい」
「そう。理解が早くて助かるよ」
 三時の彼はウェイターよろしく九時の少年のために椅子を引いた。どうぞ、と中性的な笑みに促されるまま、少年はおっかなびっくり椅子に腰掛けた。肩に羽織ったままの上着からは、三時の彼と同じ爽やかな香が濃く香った。なぜ最初から気づかなかったのか。彼の唇の赤いのは、口紅を薄く引いているからなのだ。近くへ寄らば白粉の香りもするし、化粧の痕跡もわかったはずなのだ。
 そうやって、すぐ隣に立つかんばせの涼しげなさまを見上げていると、不意にある一つの考えが浮かんだ。突拍子もない考えだが。気づけばそれは、ぽつりと口からこぼれていた。
「きみが何者なのか、たぶん僕にはわかる」
「お、さすが僕だね」
「さっき僕が言った――舞台だ」
 それと、と姿勢を変えて六時の席の少年に顔を向ける。
「少し前にきみが言っていた台詞もだよ。『女の子のように可愛らしい少年は、女の子で代用してもいい』って」
「きみ、さっきはそれ暴論だって言ったじゃないか」
「そうだね。でも、暴論だけど、そう考える人が一定数いるってのはわかる」
 なんと説明したものか、と言葉を整理している間に、十二時の席で同じく考え込んでいた少年が、迷いながら言った。
「たとえば、さっきの場合と同じように考えるのはどうだろう。探偵団の団長をやっていた『僕』が少女だったらというのがさっきの場合。それで今度は大人に近い『僕』が女性だったら、というのがきみなんだ、とか」
「それがねぇ、そっくり同じというわけにはいかないんだなあ」
 言ったのは、依然として九時の位置に立ったままの当事者だ。
「だって僕には大人に混じって殺人事件を捜査した記憶も、団員たちと怪人を追いかけた記憶も、どっちも同じくらいにあるんだもの。だからこっちのきみの言う過去も、そっちのきみの言う過去も、体験として僕は思い出せる。だからこそ、自分でも自分がわからないんだ」
「それはたぶん、きみがお芝居で活躍する僕だからじゃないかな」
「お芝居? 演劇ってことかい?」
 九時の少年は頷いた。
「先生のご活躍は大評判で、そこかしこで事件をもとに本や劇が作られていたでしょう。そこでもし僕が主役の物語があったとして、僕のように小柄で可愛らしい少年を――自分で言うのはなんだけど――大人が演じるには難しいんじゃないだろうか。出し物程度なら本物の子供を当ててもいいけれど、本格的な舞台をやるとなると、今度はかえって子供じゃ難しくなる。だから大人を役に当てるんだけど、子供の役だもの、大人の男では背丈もあるし演じられる役者が限られる。それならどうするかというと」
「『女の子のように可愛らしい少年は、女の子で代用してもいい』?」
「この場合に当てはめるのは乱暴だけどね」
 九時の少年がばつの悪そうに言うので、六時の少年はもっとばつが悪そうにして続きをつないだ。
「レヴューでも、男装した女性が男役をやるのはよくあることだよ。僕の場合はそうじゃないけど、きみが男装の少年役者なら、身体だけ女性でも不思議じゃない。役になりきる間は、自分の性別なんて忘れてしまうほうがいいだろうからね」
「……そうだね」
 三時の少年は沈んだ声で言った。他の三人の少年には、その彼の気持ちが全部でなくとも理解できたから、下手な慰めはかえって効果をなさないだろうとわかっていた。
「それが本当なら、同姓同名の他人どころの騒ぎじゃないな」
 だから自嘲気味に彼が言うのを止める者はいなかった。
「でもきっと本当だ。自分でもわかるもの。お芝居の『僕』が『僕』のまま抜け出てきたら、……いいや、自分のことを『僕』だと思いこんでいる、頭の可哀相な役者が僕なんだね。先生との思い出や、あの胸躍る事件の数々も全部、本当のことだと思っていたのに、舞台の上でのことだったのか」
 三時の彼は意気消沈した様子のまま、九時の位置の椅子に寄りかかった。ぶらんと揺れる手が九時の少年の腕を擦る。それは爪の先まで整えられた、少年の肌と同じだけの温度を持つ指先だ。
「ねえ、きみにとって本当なら、それは本当のことだよ」
「いいや、本当のことじゃなかったんだよ。きみが言ったのに忘れたのかい」
「僕もそこまで言ってない。舞台のまんま飛び出してきた僕なら、きみだって僕のはずだ」
「でも、僕が経験したことだと思っているのは、全部脚本に書かれた筋書きだ。僕自身の体験じゃない」
 椅子の背に額を預け、子供のようにふてくされたことを言う。一挙手一投足にどこか大げさなところがあるのは、舞台上での感情表現なのだろう。九時の少年はだらしなく揺れる手をつかまえて言った。
「それでも、事件の捜査を追体験してすっかり自分のものにしたんでしょう。それも役者の自分を忘れるくらいに。僕の名前で活躍するきみなら、ここで他の僕と一緒にいるきみなら、きみだって僕であるはずだよ」
「本当にそう思う?」
 男装役者の少年探偵はちらりと目だけを上げ、念を押すように重ねた。
「さっきの彼じゃないけどさ、きみも僕のこと、『僕』だって思ってくれるかい?」
「思うよ」
「偽物かもしれないのに?」
「だから、思うよ。そもそも偽物なんて言い方があるものですか。きみも僕なら僕の言いたいことがわかるでしょう。他の二人も、ほら、異論はないってさ」
「うん。そうか。そうなんだね。実は僕もだ。よかった!」
「うわあ!」
 九時の少年は突然のことに声を挙げた。三時の彼が椅子の背中ごと九時の少年を抱き込んだのだ。気落ちしていたそぶりも演技だったのかもしれない。されるがままにされていると、六時の席の少年とばっちり目が合った。にこにこと助ける気のない顔に、少年は口をとがらせた。
「きみもだよ。女の子は探偵になれない、なんて嘘だ。さっきからそうやって次々と僕らの正体を言い当てる、きみは立派な探偵じゃないか」
「さすがに僕だ、優しいね。でもきみがそう言えるのは、きみが生まれてからずっと男の子だからだ」
「またそうやって困らせるようなことを言う。だからってきみが男の子になることなんてない、それは自分でもわかっているくせに」
「わかっているつもりなんだけどなあ」
「ほらほら、いつまでもそうやっていないで。席に着いた着いた」
 と十二時の少年が、思い出したように年長者らしく場を仕切る。
 三時の少年は名残惜しそうに身を引くと、九時の少年の肩にかけっぱなしになっていた上着を回収して席に戻った。そして席へ着くなり彼は言った。
「ともあれこれではっきりした。ようやくふんぎりがついたよ」
「誰がどのグラスにしようか。こればっかりは外せないぞ」
「効果が出るまでどのくらいかかるだろう。できれば早いほうがいいんだけど」
 突然始まったやりとりに、少年は一瞬なんのことかとうろたえた。ここでいう少年とは、十二時、三時、六時の席を除く一名のみだ。この少年を除く三人はみなめいめいに姿勢を正し、テーブル中央のグラスへ視線を注いでいた。
「ね、ねえ。ちょっと待ってよ。急になんの話だい。まさかきみたち、本当にこれを飲むつもりなのかい?」
 九時の少年が言ったのも確認というよりは、やめてくれという制止の意味に近かった。
 すると案の定、少年の呼びかけに対し、三人のうちの誰かが言った。
 さも当然のように。

「もちろんだよ。だって、ここにいる三人はそれぞれみんな、正確には『僕』のようで『僕』ではないことが明らかになったんだ。それならきみが、最後に残ったきみこそが、オリジナルの『僕』なんだろう?」

 だから話は、冒頭へと遡るのだ。


* * * * * 


 メッセージカードにより課せられた条件はひとつ。一人が一杯ずつ飲み干すことだ。
 つまり、仮に試飲によりどれが毒のグラスかを判明させたとして、今度はそれを飲み干さなくてはならないのだ。毒かどうかを確かめるためにわずかばかりを口に含むのと、間違いなく毒とわかっていて飲み干すのとでは、覚悟の差は雲泥と言えよう。そしてそれは、なんと悲惨な覚悟なのか。
 九時の席の少年は他の三人にそのような説得を試みたが、同時にそれが意味のないことだともわかっていた。探偵としての胆力を信じればこそ、時に危険を省みないという特性が少年探偵たる由縁なのだ。逆に言えば、同じ立場であれば彼とて毒の杯を手に取るのに躊躇はしなかっただろう。そうだ、同じ立場であれば――


「きみたちのところには先生がいるかい?」
 九時の少年は意を決してそう切り出した。
 その脈絡のない問いに、誰がどのグラスを選ぶのかときゃっきゃしていた三人の少年は、きょとんとした目で九時の少年を見た。彼はもう一度同じ質問を繰り返した。
「教えてほしいんだ。きみたちには先生がいるのかい? 探偵事務所に帰れば先生がちゃんと待っていてくれるんだね?」
「それは、どういう質問なんだい?」「たまたま留守にされているだとか、海外出張されてるかどうかだとか、そういうことを聞きたいんじゃないよね」「いるよ。いるとも! そうでなけりゃ、どうするんだい? だって、探偵助手の仕事も探偵団の活動も、先生がいなけりゃ回らないじゃないか」
 三人の少年探偵助手はめいめいに口にした。共通していたのは、いずれもみな、少年の訊きたいことを今一つ飲み込みきれていないということだ。それでやっと九時の席に座る少年は、彼らとの決定的な意識の差を思い知らされた。それと同時に納得した。だから彼らは楽観していられたのだ。彼らにとって、窮地にあって颯爽と現れる救いの手/物語のセオリーは、語るまでもない自明のことだったのだから。
 三対の目が不安そうに見守る中、架空の少年探偵は言った。
「僕のところには先生がいない。いたはずなんだけど、いなくなってしまったんだ。どころか、今じゃ世間の誰も先生のことを覚えていない。僕自身、ついこの間まで先生がいなくなったことすら忘れていたくらいなんだもの。あの日本一の名探偵を、誰もが忘れてしまったんだ」

 それに対して流れたのは、なんともいえない沈黙だ。
 それはつまり、としどろもどろに少年が言った。十二時の席、年長者の少年だ。
「つまりきみのところでは、先生が亡くなってしまった、ということなのか? きみも気づかない間に?」
「きみが言いたいのはたぶん『死ぬ』って意味の『なくなる』だね。僕の言いたいのは『物が無くなる』のほうの『なくなる』のほうが近い。死亡じゃなくて、どちらかといえば消失だ」
「消失? 失踪の間違いじゃなくてかい?」
「僕はそうだと思ってる。行方知れずというならまだしも、誰も先生のことを知らないんだもの。まるで世界からぽっかり、先生の存在が――僕らの物語ごと抜け落ちてしまったように。だからかな、僕は先生の名前はおろか、自分の名前もよくわからないんだ」
「そんなことあるもんか!」
 声を挙げたのは六時の席の少年だ。
「だって、覚えてないもなにも、さっきから何度も話に挙がってるじゃないか。僕の名前は『僕』で、先生は『先生』だよ。きみ自身も口に……いや、そうか」
「そう、僕は一度も先生の名前を口にしてないはずだ。僕自身の名前もね。悪いけど、僕にはそれが名前として聞き取れないみたいだ。僕自身も忘れてしまったことを、他の僕から聞き取るのは反則だってことかな」
 九時の少年はこれまで、彼らは自分とまったく同じ状況で、だからここに現れたのだと思ったのだ。断片的に残ったいくつかの少年探偵の形は、世間から忘れられ、だからここに来れたのだと思ったのだ。それとも、彼らは自身で喪失を認識できないほどに――いや、それは穿ちすぎた考えだろうか。
「それじゃ、きみはいったい何者なんだい?」
 そう尋ねたのは三時の席の少年だ。九時の少年は言葉を整理しながら言った。
「僕はたぶん、みんなほどはっきりした自分がないんじゃないかな。所謂『少年探偵』というものの寄せ集めのイメージなんだ。だから誰よりも元の少年探偵に近いけれど、それは僕本人のことじゃない。僕にわかるのはこんなところかな」
「それじゃあ誰が本当の『僕』なんだ?」
 薄く白粉をした頬は青ざめている。三時の席の彼はきっと、最初からそう訊きたかったに違いない。「きみが『僕』じゃないのなら、僕らはいったい誰を外へ逃がせばいいんだい? この閉じられた部屋から誰を?」
「……僕に考えがあるんだ」
 九時の席の少年には頼るべき『先生』がいない。だから彼の物語において、探偵の代理を務める少年助手は、すべての推理を請け負う探偵そのひとでもあった。そして探偵が確信を持って推理を披露するとき、すべての事件は解決されなくてはならない。
「僕に考えがある。きみたちはきっと聞いてくれるね」
 代理の探偵は力強くそう言い切った。






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