▼ 「欺きは目」
(2015/04/13)
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
使用したお題:「目は素知らぬ風味」「本当の嘘」「『なんでもない』」「交じり合う」
では話して聞かせよう。
これは僕の知り合いの話だ。高校のクラスメイトでね。
彼のことは仮に『Tくん』とでもしようか。
Tくんは所謂「視える人」なんだ。霊や妖怪が視えてしまう。彼自身が望もうが望むまいがにかかわらずね。小さいころから視えるのだと話していた。彼の生まれがお寺だということも関係しているのかもしれないな。
霊の見えるクラスメイト。寺生まれのTくんだ。
もっとも、彼自身は「視える」ことをひけらかしている様子はなかったけどね。むしろ逆だ。周囲に知られないようにしていたみたいだよ。
Tくんはとりたてて目立つ生徒でもないから、霊が視える、なんて言われなければ気付かないだろう。いや、言われても信じないだろうな。彼自身もよく言っていたよ、「話したって誰も信じないから」と。
ではなぜ僕が知っているか、かい? ……そのあたりの事情はおいそれというやつだ。話せば長くなる。無駄に時間を割くわけにもいかない。ここはお互いのために、偶然知った、ということにしておこうじゃないか。
Tくんにまつわる話を僕は色々と知っているよ。
たとえばこんなことがあった。
ホームルームが終わった教室でのことだ。そのころ僕らは席が近くてね。Tくんは「あ、」と声を発したかと、クラスメイトの郷田くんを引き留めた。そしてまじまじ顔のあたりを観察したあと、なにをするかと思えば、後ろをのぞき込むんだ。
郷田くんの方でもなにをされているのか不思議に思って
「なんかついてるか?」
と訊くんだが、Tくんは
「ついてるんじゃない?」
「じゃあとってくれ」
「とる?」
と彼は目を丸くした。
そして小さく
「無理」
とこぼす。郷田くんの方でも不思議がって後ろを見回すけど、学ランには別段変わったものはついていない。僕も気になって目をやったがなんとも変わったところはなかったよ。
「なんかついてるのか?」
そう訊かれるとTくんはケロリとして
「あ、やっぱりなんでもない」
と言い放った。
郷田くんの方はきょとんとしていたよ。
僕は帰宅途中のTくんを捕まえて、なにを視たのか尋ねた。
……そう、なにがあったのか、ではなく、なにを視たのか、だ。
Tくんは話渋るでもなく、ただ困ったように僕に言ったよ。
「首に足巻き付けてるから何事かと思って」
詳しく聞けばその郷田くんの背中から、ローファーを履いた女の子の足が二本、巻き付くように彼の首をがっしり固定していたらしい。だからTくんは驚いて郷田くんの後ろに回ったがなにもなくて首をひねった、と
――どうもそういう事情であるらしい。
「幽霊って足がないみたいなイメージが多いけど、足だけってのもいるんだなあ」
初めて見たかも、と彼は独り合点してうんうん頷いた。
足だけの幽霊というのは、上半身だけの幽霊に比べれば数こそ少ないものの、例がないわけではない。下半身だけのお化けや、足音だけの幽霊というのも存在する。
――僕は彼にそんな話をしたよ。それから、
本人にも教えてあげたらどうだい。
――僕がそう促すと、彼は「言ったって信じてくれないだろうしなあ」と呟いた。
「視えるだけでなんにもできないから」
それがTくんの口癖だった。
Tくんの力はあくまで霊を視ることであって、祓うものではないんだ。
彼は半ば諦めたように
「背負うくらいなら珍しくないし、楽しそうだったからいいんじゃない」
と。あえて主語をぼかすような話し方をした。
続く一言にはさすがに呆れを感じ得なかったがね。
「ゴーリキくんは足フェチだから」、と。
……一応断っておくと、ゴーリキくんというのは勿論郷田くんのことだ。彼は人の名前が覚えられないようでね。
Tくんは
翌日、郷田くんは足を怪我して登校してきたよ。聞けば来る途中に転んで両膝を擦りむいたらしい。すぐ治るような傷だが怪我は怪我だ。彼は教室に荷物を置いて保健室へ向かったよ。
Tくんは遅れてそのニュースを知った。遅刻寸前で入ってきて、休み時間に郷田くんが足を怪我したと聞いたとき、彼は少しだけ眉をよせた。彼は前日、郷田くんの首に、女の両足が絡みついているのを目撃しているのだから。怪我との関連を考えたはずだ。
しかし最終的には気にしないことを決めた。どうやら両者に因果関係はないと結論付けたようだね。
……なんでもない、と。
それが彼の呪文なんだよ。
なんでもない、と自分自身に言い聞かせているのさ。
追記