▼ 「娘椿は齢十九」
(2015/02/06)
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
お題:「花(椿)」「曇り空」「一番最初の記憶」
(牛乳を飲もうとして冷蔵庫を開けると生首が入っていました。そんなものを入れた覚えはありません。驚いて冷蔵庫のドアを閉めてしまいました。きっと居間のは何かの見間違い。きっと家人がふざけてスイカかなにか丸いものをそのままに入れておいたのだろう。再び冷蔵庫を開けるとなんと生首が寂しげに笑っているのです)
「ここは寒うございます、あに様。こんな日にはあの日のことを思い出します。わたくしがこんな姿になったあの日です。わたくし、とても怖かったんですのよ。お友達はあの写真を撮ってからというもの、みんな死んでしまうんですもの。次はもうわたくししか残っていませんでした。お友達は腕や脚が写っておりませんでしたが、わたくしは首でしたもの。怖くて怖くて、テレビのかたに相談したのです。それで撮影場所へ向かいました。しかし車は事故に遭い、アスファルトはたいそう冷とうございました。それでお母様は、わたくしの首を抱き上げ撮影現場へ
――」
(私は思わずドアを閉めました。疲れているのです。そうに決まっています。覚悟を決めて冷蔵庫を開けました。すると生首が恨めしげに笑っているのです)
「ここは暗うございます、あに様。こんな日にはあの日のことを思い出します。わたくしがこんな姿になったあの日です。お坊様は良い方でしたのよ。あの若いお坊様は大変良い方だったのですよ。だから私、東へご遊学なさるというのを聞いて飛んでいきましたの。あの日こんな暗い、暗い朝焼けでした。暗くて寒くて、でもあの方は連れていってくださいませんでした。だからわたくし、首だけになってお供しました。綺麗に着飾って、匣の中に潜んでおりました。あの方は綺麗なわたくしを見て、たいそう驚かれましたのよ。でも急な朝日を浴びせるものですから、わたくしそのままではいられませんでしたの。わたくしは朝日を浴びるとしおれてしますのよ
――」
(夢です。ここ数日仕事ばかりで疲れているから、立ったまま夢を見ているのです。開ければ何もないはずです。閉めたドアを握りなおします。意を決して冷蔵庫を開けました。するとなんと生首が青白い顔で笑っているのです)
「ここは寂しうございます、あに様。こんな日にはあの日を思い出します。わたくしがこんな姿になったあの日です。わたくしは盆の上にひとりでおりました。たったひとりでございます。うまく踊れたご褒美にと首をねだられ、とう様はわたくしの首を切り落としました。それであの娘はわたくしの首を盆に乗せ、くるくると嬉しそうに舞ったのですよ。盆の上に乗っていたのは男の首のはず
――あらあに様、もちろん冗談でございますよ」
(ドアを閉めました。そういえば熱があった気がします。ここ最近寒い日が続いているから風邪を引いている気がします。額に手を当てます。大丈夫、熱はありませんでした。ならば大丈夫なはずです。冷蔵庫のドアを開けました。そこにはなんと生首が眉を寄せて笑っているのです)
「あまり見ないでくださいまし、あに様。恥ずかしゅうございます。あの日のことを思い出してしまいます。わたくしがこんな姿になったあの日です。わたくしは駅のホームに立っていたのですよ。ホームのへりに立っていたのですよ。それで誰かがわたくしの背を押したのです。きっとです、きっとですよ。わたくしの背を押したのです。身体はホームに躍り出ました。電車の轟音を覚えております。その先は
――ああ、言わないで。ホームに並んでいた人たちは驚いてわたくしに注目しました。わたくしのばらばらの身体を、それから頭。ああ、あのような血ぬれの姿。見ないで!」
(ぴーっ、ぴーっ、と「冷蔵庫あいてますよ」を知らせる音が鳴りました。生首はにんまりと笑っていました。)
「だからあんまり、見ないでくださいな」
追記