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スナッフ・ムービー

(2014/07/04)

(映像は突然に始まる)
(どこかの地下室だろうか。固定されたカメラの中に窓は一枚も映っていない。天井に吊された頼りなげな明かりだけが、煉瓦の壁を照らしている)
(何よりも奇異なのは中央に据えられた物体だった)
(人だ)
(椅子に人がくくりつけられている)
(映像が悪くて男か女かの判別はつかない)
(死んではいない。ぐったりとしている。身体に力が入らないのだろう。そう思えば首の金具も手足の縄も、彼/彼女をしっかり椅子に座らせておくためのものなのだと推測できる)
(映像はしばらく地下の暗い室内と椅子に縛られた人物を映している)
(彼/彼女はその間身じろぎひとつしない)
(右下のタイマーが働いていなければ静止画と言われてもわからないだろう)

 2014年7月4日午前2時34分、記録を開始する。

(冷淡な声が言った)
(声に続けてカメラの後ろから一人の影が登場する)
(男だった。杖をついた、おそらくは青年だ。目につく黄色のカーディガンも、黒いハットも、いささか小奇麗すぎる風貌も、地下の薄暗さには場違いだ)

 ああ、勝手ながら施術の様子は映像として撮影させていただきますよ。スナッフビデオの趣味はありませんが、後々の語り草は一つでも多い方が良いではありませんか。

(青年は芝居がかった口調で、椅子に縛られた彼/彼女へ話しかけている)

 大丈夫ですよ。今のところネットで公開なんて俗な真似をする予定はありませんから。これは私個人と、あなたたちのための映像ですからね。もっとも、押収された後にどうなるかまでは保証しかねますが、互いに死後のことでしょうからその点はご了承ください。

(青年がこちらを向く。カメラが動いているかどうかを確かめているようだ。満足げにうなずき、椅子の人物に向きなおる)

 ね、あなた。あなた、テレビ観ます?
 ニュースです。ニュースがいいですね。
 あれはほら、毎日飽きもせず人の不幸を報じている。とっかえひっかえ手を変え品を変え、あらゆる不幸を報道している。どれもこれも似たり寄ったりで退屈だなあ……って、思いません?

(返事を待つような間)
(当然のように返事はない)
(青年はそれでも相手に言い聞かせる)

 私は悲しくなるんですよ。事件の当事者たちにとっては人生を変えるような瞬間であったはずなのに。「事件」は報道された瞬間からただの「情報」になってしまう。「情報」を受け取る側にとって、当事者たちの感情などあてもなくても同じことですから。画一化された「情報」です。
 昨日誰かが死んだ。今日も誰かが死ぬ。明日は誰が死ぬ?
 私たちは膨大な情報を消化し、消化し、消化していく。どれもこれも似たり寄ったりで記憶に留まらない。それで一月前に起きた事件を誰も覚えていないという有様だ。
 昨日を上塗りして、消費していく。
 ね、あなた。去年の今頃誰が死にました? 先月何人死にました?

(青年は椅子の背に回って、ぎしり、両手をかける)
(首を傾ける。楽しそうに、けれどその口調はいたって真面目に)

 あなたの死だってそうですよ。
 死体が発見されました。捜査されました。犯人は依然捜索中です。……で、終わり。そこで情報は終わり。
 一時は盛り上がると思いますよ。あなたの死と、あなたの人生も。
 でも長くは続かないでしょうね。あなたを知るの周りの人だって永遠には生きていませんよ。忘れてしまうでしょう。跡形も残りません。肉体が消え、魂尽きたあなたのことを、最初はみな不幸として取り上げるでしょう。けれどそれがどの程度持ちます? 一年? 十年? 事によれば一年と持たないかもしれませんよ。
 消えてなくなる。
 そりゃ墓石はある、役所に行けば文書もあるでしょう。だけどそれが何だというのです? 何事もなく平穏に生きた一般市民のことを誰が記憶の隅に留めましょう。
 忘れたことすら忘れてしまう。
 それが民衆というものです。

(片手に持った杖をからからと鳴らす)
(地下の硬質な床に、それは笑い声のようにこだまする)

 そうやって忘れられたものがいままでにいくらあったでしょう。
 忘れられたものは、なかったのと同じです。
 後の世に残らなかったものは、存在していなかったのと同じなんです。
 消え去って、全部、なかったことになってしまう!

(大げさに言う)
(青年は今度は彼/彼女の両肩に手を載せた)
(優しく言い聞かせる)

 だからね、だから私はこんなことをするのですよ。
 あなたが憎くてするわけではないのです。それはわかってくださいね。あなたがあんまり似ているのが悪いのですよ。あの物語に出てくる被害者役にね……おっと、これは余談だ。
 ここからが大事なことです。
 ようくお聞きになってください。大事なことです。
 私はあなたを永遠にしてさしあげます。
 人々があなたの名前を思い出せるようにしてあげます。
 あなたは今、この状況に恐怖していらっしゃるでしょう?
 それももう少しですよ。もう少しの辛抱ですよ。恐怖も苦しみも、映像の上では残るでしょうが、人々の記憶に残るのはむしろ芸術品となったあなたの姿だ。

 おっと、芸術。芸術はいけません。
 生憎、私は殺人を芸術などと誇称するほど自惚れてはいませんよ。殺人は殺人、人殺しですから。しかしあなた、たかだか人殺しでもその異常性が認められれば伝説に成り得るのですよ。

 一人殺せば殺人事件、
 百人殺せば大量虐殺なのです、うふふ。

 大丈夫ですよ。安心してください。私は虐殺ではなく、一人一人ていねいに、最後の一人までそれはそれは手厚く扱わせていただきますから。爆弾ほおってひょーいだなんて味気ないですものね。そんなものはテロリストさんにでもまかせておきましょうね。
 私が、私とあなたが今から挑戦するものはもっと奇抜なものですよ。
 歴史に残る大犯罪です。
 あなたはそのページの中にいるのです!

 これってとっても素敵なことだと思いませんか?
 ――ああ、歴史は歴史でも殺人鬼の歴史はお嫌ですか?
 贅沢言っちゃいけません。私もあなたも格別普通な一般庶民なのですから、英雄的伝説的活躍だなんて無理ですよ。無理無理。それより今は今からのお話ですよ。
 私はあなたと、これから出会うあなたたちのために、素敵な演出を用意しているのです。私のお気に入りの書物の中からとびっきり鮮やかで奇異なものをいくつか。中にはさすがに再現が困難なものもありますから、それはそれで、アレンジは加えさせていただきますが。
 これはなかなかニュースになりますよ。ええと、テレビ、見ないんでしたっけ? どうだったかな、忘れちゃったな。私もあんまり見ないんですよねえ。とにかく散々に言われていましたよ。異常な死体。そろそろ一連の事件として扱ってくれますかねえ。なにぶん、一件一件手口を大きく変えていますから、共通するのは「異常な死体」、というところですし、殺人鬼として固有の名前をもらえるのはもう少し後になるかもしれません。

(呟きながら青年、椅子の周りを歩いて回る)
(一周。こちらに目を留め、そこで初めて録画している事実を思い出したかのように)

 いけないいけない、しゃべりすぎました。
 お薬が効いてる間に始めないとあなたも痛いでしょう。それに朝になったら眠たくなりますからね。

 怖いですか。大丈夫ですよ。夏場ですから、そう長いこと隠れていられません。誰かが異常に気づきますよ。石膏像から異臭がする、とね。だからそんなに心配いりません。すぐ見つけてもらえます。
 それに私だって、せいぜいご遺族や警察関係者の方に禍根の残らぬよう、最後は手前で決着をつけるつもりですから。まあ、まだ先のことになるでしょうが。それまではせいぜい善良な一市民としての生を謳歌させていただきましょうか。
 だって、その方が記憶に残りやすいでしょう?

 大丈夫です。
 あなたの名前は永遠に残ることでしょう。
 あなたは永遠に生き続けるのです。
 哀れ石膏の中に塗りこめられた、何人めかの被害者として。
 この殺人鬼の名とともに。あなたの死と再生を。
 ご理解いただけましたでしょうか。
 このような場にお手伝いできて私としても光栄です。

 それではそろそろ始めましょうか。

(カメラに真正面から向き合う)
(青年は帽子を取り、深々と礼をする)
(帽子の中から何か黒いものがどさどさと落ちる)

 おや、失敗失敗。予定ではここは蜘蛛でなければならないのに。
 これは撮り直しかな。

(そして再度挙げられた顔)
(その顔は笑みでいびつにゆがんでいる)
(すらりとした手が画面に伸びる)
(直後、砂嵐)
(映像はここで終わっている)

 ご理解いただけましたでしょうか?

(あなたの後ろで殺人鬼が言った)




追記

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