メモ記



百年の夢うつつ




・百合が咲く云々含め、全体を通して夏目漱石『夢十夜』より「夢一夜」のオマージュです。
・タイトルは十年くらい前に書いた同名短編から取っています。
「不在の探偵」が「不在の探偵」となる前、まだ廃列車にすんでいたころ、「怪人と少年探偵」のほうに分類されていますね。短いお話なので興味を持たれた方はまた見ていただければと思うのですが、今回のあとがきを書くにあたって読み返したらさすがに文章が古く、ちょっと気恥ずかしさもあるのでリンクは張らないでおきます。百年ばかり寝過ごしてしまったハロウィンモンスターたちの話。この話では、百年寝過ごしたくらいでと嘆くモンスターたちに「何が百年ぽっちだ!」と言葉を飲みこむ少年でしたが、月日が経ったことで、今度は百年寝過ごしてしまうのが自分になるとは思ってもみなかったことでしょう。
・怪人の眠りから起床まで、本当は一晩ではない時間が経過していますが、寝て起きて朝なので一晩にも等しい、そんなオチでした。この話自体は怪人の一人称として書いていますが、この名前のない怪人は、自分というものがどこにもないのが自分、で自己を確立させているため、「おれ・ぼく・わたし」で地の文が進みません。怪人、あるいは顔のない男と書いて「おれ・ぼく・わたし」とルビ打ってください。
・少年が「少年」「少年探偵」と書いて「僕」とルビ打たせるのと同じです。以下、そのようにお読みください。



 自分でもどうかと思うのだけども、少年探偵は朝食をトレーに載せて再び自分の部屋に戻ってきた。朝食を持ってきてくれたら起きる。そう言って、本当におりてこないのだもの。敵の言いなりになるのは気が引けたが、これ以上ベッドを占領され続けるのも嫌だったし、何よりもせっかく作った朝食が冷める。
 案の定、怪人はまだ寝転がったままだった。少年探偵のベッドは、長身である怪人には手狭であるはずだが、器用に身を縮めて身体をおさめている。声をかけても起きない。人のベッドで二度寝を決めこむな。
 仕方なく少年はトレーを机に置いた。置いてから、こんなところにこんな机があっただろうかと考える。丸い木の机、それに見覚えのない椅子もある。眠る前にはなかったように思う。とすると、怪人がわざわざ夜の間に持ち込んだのだろう。扉の内鍵くらい、やつの手にかかればかかってないのと同じだろうが、それでも鍵がかかっているという事実を無視しないでほしい。何のための鍵だと思っているのか。
 ともあれ少年は椅子に座った。おもむろに自分用のトーストをかじる。冷蔵庫の中は一晩のうちに様変わりして、昨夜入れておいたカステラケーキが跡形もなく見えなくなっていた。建物自体がでたらめだからこういうことがよくあるのだ。おかげで朝食といってもトーストを焼いて卵をゆでて、ありもののキュウリを切って添えただけ。少年が横でトーストをさくさく食べていても、目を覚ます気配がない。なんて寝汚いやつなんだろう。呆れる気持ちもわいてくる。
 当然ながら、普段の怪人の顔は変装だ。変装でさも先生がそこにいるように見せかけている。いまはひげもしわもない、先生よりもいくらか年の若い男の顔――少なくとも、少年にはそう見えている。打ち捨てられた列車で少年を迎えたときと同じ、顔のない顔――ふつうはそれを「素顔」と呼ぶのだろうけれど、顔がない、と本人が言うのだから、深くは尋ねないことにしている。少年だって、朝起きて鏡を見るたび顔が変わって見えるのだ。似たようなものだろう。
 椅子の背に身体を預ける。まあ、たしかに、座り心地は悪くない。
 さて、なんと言って起こしたものか。
 思案しつつ、少年は指についたパンくずを舐め取った。


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