休日、久しぶりに女の格好で男とデートした。
と言っても、体目当てだから女装はおまけみたいなもん。相手もそれを分かってて女の子扱いをするのだから、完全にゴッコ遊びだ。
それでも鏡に映った俺はそこらの女に比べれば、十分女子力も高いし可愛いと思う。
だから時々、女装の俺を好きだという奴は女の子と付き合えばいいじゃん、と思うのだけど…
「ほら、ケツ向けな」
「んぅあ、颯太…あっ」
男の俺じゃなきゃダメなのは、寄ってくる奴が大抵ネコだからだろう。
俺よりでかい図体して、女装した俺に犯されてよがってるんだから相手も相当な変態だ。
「スカート穿いた俺に突っ込まれて、どんな気分?」
「あっう、気持ちいい…」
「ほら見て…今日はお前の好きなピンクのブラもしてるんだよ?特別に触らせてあげる」
「はぁ、あっ…可愛い…」
平らな胸に必要のないブラジャーをして、それに喜ぶ馬鹿な男…。
スカートを捲りあげて快楽のためだけに腰を穿つ俺も、コイツと同じ馬鹿な男だ。
「颯太、そろそろ俺と付き合わねぇ?」
「…本気で言ってるの?」
「だって、お前可愛いしエッチの相性もいいと思うんだけど」
ふと鏡に映った自分の姿に目を向ける。
胸までの長いウィッグは乱れ、肌蹴た胸元に太腿まで捲れ上がったスカート。
これだけ見ると、まるで犯されたのは俺の方みたいだ。そんな自分の姿が何だか可笑しくて、笑いが込み上げてきた。
「はは…そういうの、面倒くさい」
「まあ、お前がそういうなら待つけど。俺は真剣に付き合いたいと思ってるよ」
「あのさ…可愛くてエッチの相性が良いのって、セフレに最高じゃない?付き合わない方がいいと思うけど」
付き合うなんて、本当に面倒くさい。
性処理するなら特定な誰かじゃなくても良いのに、ちょっと贔屓にしてやったらすぐこれだ。だから優しくするのも、されるもの嫌なんだ…。
「悪いけど、また同じこと言う気なら、もう会わないから」
「颯太、どこ行くんだよ…!」
「お風呂、入ってくるだけ」
待てと言われて待てるなら、こんな荒んだ気持ちは端から持ってない。
だからと言って邪険できるほど、冷たくなりきれない。
(あ〜あ、また一人相手減ったな…)
こんな事ばかりして、いつか性処理に困るんだろうなと胸の内でぼやいた。
こういう日は、一人になりたくない。
一人でいると自分の言った言葉の酷さにショックを受けるからだ。
胸の内で反芻する言葉はどれも自分が相手に言ってる事なのに、それを受け止めきれずにいる。
でも相手がそんな弱い部分を知らないからこそ、この関係ができるんだ。
そもそも恋人になって何のメリットがある。
恋人は喧嘩もするし、必要のない嫉妬もする。そんな関係は傷つけ合うだけだ。
だったら他人のまま優しい気持ちでいられた方が良いのに…。
結婚だって、子孫を残して子供を育てる為だけの義務だと思えば、変な意地の張り合いも意見の言い合いも必要ない。
なのにみんな“特別な誰か”を欲しがるのは、何故なんだろう。
距離を置いて付き合えば、傷つけ合う事もないのに…。
「痛ッ…!」
突然、ヒールの踵が取れて咄嗟に傍にあった壁に手を付いた。
今日は本当ツイてない…。一気に疲れを感じた俺はぐったりと壁に寄り掛かった。
(悪い事した罰があたったのかな…)
今日寝た相手だってきっと本心で俺と付き合いたいと思ってくれてた。癖は強いけど優しいし、彼の言うようにセックスの相性も良かった。
でも恋愛関係にだけはなれない。優しい人とは特に…。
「大丈夫?」
「は、はい!」
声を掛けられて慌てて高い声を出す。反射的に顔を上げて見た先には、ウチの会社で謎な男二人組がいた。
(げぇっ!瀬戸先輩と瑠璃川さん!)
最悪の面子…。休日なのに何で二人でいるんだろうという疑問を感じつつ、逃げるように顔を逸らす。
「踵…とれちゃったんだね。靴屋さんまで連れて行ってあげようか?」
「あ、いえ…大丈夫です」
「遠慮はいらないよ?」
差も当然のように肩を抱き寄せる瀬戸先輩に心の中で悲鳴を上げる。
その様子を見ている瑠璃川さんは、我関せずと言った感じにあくびをしているだけだ。
(最悪なんだけど…どうしよう…!)
もし、俺が朝日だってバレたらこの二人は何をしてくるか分からない。
二人の性格からして言いふらす事はないとしても、間違いなく変な事に巻き込まれるだろう。瀬戸先輩の場合はセックス付きな気がしてならないのは、間違いじゃないと思う。
「あの、本当に大丈夫ですから」
「瀬戸。その子もそう言ってるんだし、帰ろうよ」
「ん〜、残念。でも一人じゃ危ないから、すぐにタクシーひろって帰るんだよ?」
「ありがとうございます」
瑠璃川さんに連れられて、爽やかに去っていく瀬戸先輩。
休日瀬戸スマイルは普段社内で見るより破壊力抜群だ。思わず目を細めてしまう。
「……」
しかし、あの二人ああして並んで歩いていると本当にモデルみたいで格好良い。
背も高いし、何とも言えない色気を振りまいて、女の子の横を通り過ぎる度に小さな黄色い声が耳に届く。
(二人とも、変じゃなかったらなぁ…勿体ない)
そういう俺も人の事は言えないが。
そもそも、人と違うからこそ魅力がある。そういう意味ではあの二人も十分魅力的なんだろう。
「はあ…」
いつまでもこんな人通りのある場所に居る訳にもいかず、息を吐いて歩き出そうとした時。
「歩けるの?」
声を掛けられた先にいたのは、さっき別れたばかりの瑠璃川さんだった。