「なんだ、思ってた程じゃないけど美味しいね」
「は、はあ…」
何故か俺は今、瑠璃川さんと謎の食事中だった。
「瀬戸がいると持ち帰りされちゃうよ」と戻ってきてくれた瑠璃川さんは、折れたヒールを直す為に靴屋に連れて行ってくれた。
『君、意外と足大きいね』
小柄でも男なんだからそこそこサイズはあるのだが、瑠璃川さんは完全に俺を女の子だと思ってるだけに笑って過ごすしかできなかった。
おまけに新しい靴を買ってもらい、帰るタイミングを逃した俺は今ここに居る訳だ。
瑠璃川さんは前から来てみたかったらしい店に連れてきてくれて、料理にケチをつけながらも美味しそうに食べている。
こんな状況じゃなければ俺だって美味しく料理を頂きたい所だが、いつ男だとばれるか分からない中で悠長に食事をとってられるほど強いメンタルは持っていない。
せめて、会社の人じゃなければ、もう少し余裕を持ってられるんだけど…。
「遠慮しないで食べて。あ、もしかして支払の事気にしてる?女の子に払わせるような事はしないから安心して」
瑠璃川さんはぺらぺらと良く喋る。
瀬戸と会ったのは偶然だとか、自分はよく変わってると言われるとか。こういう所は会社だけではなくプライベートでも同じのようだ。
(ああ、もう帰りたい)
やっぱり罰があたったんだろうな。
優しい人に冷たくすると、自分に返ってくる。それは身を持って知ってる事だったのに…。
瑠璃川さんは食事の手を止め俯く俺をチラリと見て、その後は黙々と食事をとっていた。
普段のこの人を見てると、あれやこれやと余計な事まで聞いてきても可笑しくないのに、何故か目が合うとニコリと微笑み返されるだけだった。
「あの、ご馳走さまでした」
「いいえ。もう一軒付き合ってほしいんだけど良いかな?」
(無理だから!!)
…なんて言える訳がないのでコクリと一回、静かに頷いた。
「……」
「……」
予想してなかったと言ったら嘘になる。
ピンクなネオン街全開なこの道を堂々と歩く瑠璃川さんは、やはり俺と“そういう事”をしようとしてるんだろうか。
(別にいいけど…いや、でもなぁ…)
セックスする事自体は別に嫌ではないけど、会社の人というのが問題だ。
そもそも俺の事を女の子だと思ってるんだから、股間見て逃げ出すかもしれないし…。でも、瑠璃川さんは普段から「男も女も関係ない」って言う人だ。股間見て逃げ出すとは到底思えない。
そう思った俺は、ぴたりと歩くのを止めてハッキリと瑠璃川さんに言った。
「あの、今日他の人とセックスしたばかりなんで無理です」
「…?」
面食らった顔をする瑠璃川さんは、数秒固まった後「ぶはっ!」と腹を抱えて笑い出した。
「あはははっ、嘘ぉ〜!まさか、そんなハッキリと…くくっ」
「……」
笑われようが本当の事だし仕方ない。でもこの人の笑い方が癇に障るのは何故なんだろう…。
「はぁ〜…笑った。面白いねぇ」
ふと、目の色が変わったのが分かった。
自分の言った言葉が間違いだった事に気付くまで、そう時間はかからなかった…。