製菓会社 | ナノ



愛してもらうという事


そんな俺は現在、製菓会社の企画部で働いている。
別に運でもなんでもない、普通に勉強して面接して受かった。
散々遊んではいるけど、そこそこ社会で通用する頭は持ってると思う。

ここでは女装したり女っぽい物を持ったりはしない。製菓会社の朝日 颯太(あさひ そうた)として似合わないスーツを着て、サラリーマンをやっている。

仕事とプライベートを分けるくらいの常識は持ってるつもりだ。


「うぉええっ、マズイ!」

「これは流石に食えんな…」

「だから言ったでしょ。カレーだからって何でも合う訳じゃないんだってば」

ただいまマーケ部の藍屋先輩と緒方先輩、そしてこの開発部の瑠璃川(るりかわ)さん達らと一緒に、このクソまずいサンプルの試食中。

俺は今、上司の瀬戸先輩の命令で藍屋先輩と緒方先輩の監視役をしている。
というのも、この二人は仕事はできるが仲が良くない為、揉め事を避けるために俺が間に入れられた。
だが、最近は全く必要ないくらい仲が良いと思う。

「仕方ない、また練り直しだな」

「まだ時間はある。ゆっくり考えよう」

「だな」

と、スムーズに話が進むくらい仲が良い。
少し前までなら…

『仕方ない、また練り直しだな』

『だから言っただろう。お前が意地を張るから…時間の無駄だったな』

『ああ!?お前だってそれでいいって言ったじゃねぇか!何、責任おしつけようとしてんだ馬鹿!』

…くらいには揉めてたはず。恐らく…いや、確実にこの二人に何かあったんだけど、そこは知らないフリをしておく。二人は一応先輩だし、会社では変なトラブルおこしたくないから。

だけどそれを煽る人間がいたりするのも確かで、ここに居る瑠璃川さんもその一人だった。

「な〜に、最近すごい仲良しじゃない?何があったの?ナニがっ!」

「はぁ?何もねぇよ!」

「またまたぁ、藍屋は隠したって顔に出るんだから、さっさと薄情しちゃった方が良いよ」

「瑠璃川、やめておけ。問い詰めても藍屋はムキになるだけだ」

「さすが緒方!藍屋の事良く分かってるね〜」

瑠璃川 奏(るりかわ かなで)。この会社でもウチの瀬戸先輩と同じくらい謎な男だ。
まあ、色恋関係の噂が立つ瀬戸先輩の方がまだ人間性が分かるかもしれない。謎な事には変わりないけど。

瑠璃川さんといえば、変態、変人など言われてるが、そう思われても可笑しくない行動を日々とっている。彼の嗅覚は常人のそれを超えていて、吸った煙草の本数まで言い当てる程すごいものらしい。そして日々“良い匂い”というのを探している。
潔癖症かと思えば、白衣のポケットにはいつも飴玉の包み紙やゴミやらが入っていて、廊下を歩くたびにそれを落としたりしている。とにかく変わった人だ。

そんな彼のマイブームが…

「朝日君、いつデート行こうか?」

どうやら、俺らしい。

前回の企画の時に緒方先輩に連れられてきたこの開発部で、俺を見るなり気に入ったと言っていた。例の嗅覚で“良い匂い”に見事選ばれたのだ。

「デートだなんて…俺、男ですよ?」

「ボクは男だとか女だとか関係ないけどね。朝日君さえ良かったら、いつでも連絡してね!」

「はい…」

やばい、顔が引きつる。でもここでは純粋で初心な朝日 颯太でいなければならない。
それは、自分で居続けるために大事な事。プライベートを仕事で鑑賞されるのが面倒だからだ。

ああ、疲れる。

(瀬戸スマイルが欲しい…)

瀬戸スマイルは室内なのに瀬戸先輩にだけ光が差し込む笑顔の事を言う。
あれを習得できれば、きっと物事色んな意味で無理しなくて済みそうなのにな。





緒方さんを残して、藍屋先輩と開発部を後にする。

「なあ、朝日」

「何ですか?」

「お前、自分の仕事は大丈夫か?監視役ったって他にやる事もあるんだろ?」

「ああ、大丈夫です。瀬戸先輩もそこは気遣ってくれてますし、残業するほど仕事は残ってないので」

「そうか?あんま無理すんなよ。辛かったらオレの方から瀬戸先輩に頼んでやるからさ」

「…あ、ありがとうございます…」

藍屋先輩は優しい。
仕事はできるし、上の連中から期待もされて、本人は気付いてないけど女の子にもモテてる。
でも本当は陰で努力してる事も監視役に着いてから知った。物事に一生懸命で、恥ずかしがり屋でちょっと泣き虫だ。すごく純粋で真っ直ぐな人…。

だから、俺は藍屋先輩が苦手だ。





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