比良坂 碧羽(ひらさか あおば)とボクは、所謂ただのクラスメイトだ。
特に親しくしてる訳でもないし、だからと言って仲が悪い訳でもない。声を掛けられれば普通に話すし、友達同士で遊んだりもする。
ただ彼の場合は存在が少し目立つ。
金色に染めた髪に、耳にはずらりと並んだピアス。制服も彼の手にかかればファッションの一つなんだろう、着崩した着こなしに先生たちは比良坂に目を光らせている。
かと思えば、比良坂は先日自分でも言っていたように“元気だけが取り柄”な奴で、とにかく体を動かすのが好きなようだ。
スポーツも得意のようで、人懐っこい性格なのもあって友達がとても多い。みんな比良坂には笑顔を向けている。
ボクは比良坂のように見た目が派手な訳でも、人懐っこい訳でもない。まあ…ごく普通の高校生活は送れてる方だと思う。
そんなボクと比良坂が、特別親しくなることがなかったのは当然の事だった。
ただのクラスメイト。十分じゃないか。
この先、何を望む訳でもなく、大人になった時に「そんな奴もいたな」って笑える程度の仲だと思ってたのに…。
今は比良坂の傍を離れるのが怖い――
それは先日の林での出来事がそうさせてるのだというのは分かる。
でも何故そう思うのかが分からなかった。
「彬光、一緒に帰ろうぜ!」
若菜 彬光(わかな あきみつ)、ボクの名前。
ボクの不安が比良坂の傍から離れさせないようにしてるのか、自然と一緒に居る時間が増えた。
比良坂も前以上にボクに声を掛けてくれるようになって、今ではクラスでも一番親しい関係のようにも思う。
ボクの事を名前で呼ぶようになり、一緒に帰ったり、休日には家で遊んだり…。
普通に楽しい。比良坂と一緒に居ると安心する。
でも、一人になるとまた比良坂がいなくなるような気がして、眠れない日も多々あった。
(何で、こんな気持ちになるんだろう…)
それもこれも、あの林での出来事が原因だ。
そもそも比良坂はあの日、何であの場所に居たんだろう。
幾らでも聞く機会はあるのに、何故か比良坂を目の前にするとその事を忘れたみたいに話す事はない。
でも家に帰ると「また今日も聞きそびれた」と毎度その繰り返しだ。
きっとボクにとって特別聞く必要のない事なんだろうと、大して気にもせずあっという間に一年が過ぎた。
◇
「オレ達も三年かぁ、彬光は卒業後どうすんの?」
「まだ三年になったばかりだよ?まあ…大学に行こうか迷ってるけどね。碧羽(あおば)は?」
「オレは、彬光と同じ所がいいな」
碧羽は誰に対してもこういう発言をするが、特にボクに対しては執着に近い感情を持ってるように思っていた。
それに対してボクも満更ではなく、傍に居られる事の安心感と碧羽がボクを必要としてくれる事への喜びを感じている。
でも――
「どうしてオレ達、出会った頃からこうして仲良くしてなかったのかな?今はそれが不思議でしかたないよ」
「そう、だね…」
…時々その感情は勘違いをしそうになる事を、碧羽は知らない。
過去に女の子にも同じような感情を抱いた事がある。
この感情は少し危険で、友情を壊しかねない…。
そうと分かっていても碧羽の傍から離れる事も、突き放す事もできないボクはこうして傍で感情を隠すようになっていた。
「おい、碧羽」
邪魔するぞ、と話しかけてきたのは同級生の峰岸 涼(みねぎし りょう)。
峰岸は違うクラスだが背が高く、見た目も格好良いので割と有名人だ。黙っていればモテる男なのだが性格に少々難あり…らしい。
ボクは峰岸の事は良く分からないけど、碧羽が言っていた。
峰岸は碧羽と仲が良く、同じグループの仲間だからこその発言なのかもしれないが。
「アイツら、サッカーするってよ。お前も来いって」
「行く行く!あ、彬光も来いよ」
「いや、ボクはいいよ。楽しんできて」
「そっか…じゃ、行ってくる!」
じゃあね〜と元気よく峰岸の言う“アイツら”と一緒にグラウンドに向かう碧羽。
(元気だなぁ…)
微笑ましく思いながら碧羽の後ろ姿を見ていると、突然峰岸が顔を覗いてきてギョッとした。
「――んなっ、何…!?」
「いやあ?ただ、碧羽と随分仲良いじゃんと思って」
「まあね…仲良くさせてもらってるよ」
何だろう…もしかして、碧羽がボクにばかり構うのが面白くないとでも言う気なんだろうか。碧羽は今のように友達に誘われてあっちこっち走り回ってる事が多いから、ボクばかりという事はないんだけど…。
「そ、そんな見ないでよ…」
峰岸の大きな体とクールな表情は格好良いけど、男のボクには少々圧力があって怖い。
しかし合ってしまった目を今更逸らす訳にもいかず睨めっこの状態が続く中、峰岸の目元の泣きぼくろがピクリと動いた。
「ぷっ…はははっ、変な顔!」
「はぁ!?」
「あー、もしかしてオレに見惚れちゃった?困ったな、オレそういう趣味ねぇんだよなぁ」
「意味が分かんないんだけど!」
思わずムキになってツッコミを入れるボクに、峰岸は愉快でたまらないと言った様子で笑い続ける。
(なるほど…これが碧羽の言う“性格に難あり”という所か…)
ひぃひぃと何がそこまで可笑しいのか、笑い続ける峰岸を半分呆れた目で見る。
やっとの事で笑いが収まると、突然真面目な顔を向けられてビクッとした。
「で…碧羽の事、マジなの?」
「――え?」
言われてる事の意味が良く分からない。
でも峰岸が怖いくらい真剣な表情を向けてくるから、何か言わなきゃと言葉を探す。
「…どういう意味?」
「だからぁ、碧羽の事マジで好きなのって」
「何で、そんな事…」
「別に責めてんじゃねぇよ?オレは男同士とか良く分かんねぇけど、好きなら別にそれでも良いと思うし」
ボクが碧羽の事を好き前提で話を進められて、違うと否定する間もない。
それどころか否定する事を許されないような圧すら感じて、今は何をいっても彼が納得できる言葉を言える気がしなかった。
「碧羽はお前と仲良くなれて本当に喜んでるし、これからも仲良くしてやってほしいんだわ」
「それは、ボクも同じ…」
「でも、特別な感情を碧羽に持つのは駄目だ」
「なっ…」
「オレの事、どう思おうと構わないけど、それだけは守ってくれ」
峰岸のその言葉は、まるで切実な願いのようで…やっぱり、彼に対して言い返す言葉は浮かんでこなかった。