ホストクラブ短編 | ナノ



碧羽


――特別な感情を碧羽に持つのは駄目だ

そんな事、言われなくても分かってる。
ボクと碧羽は同性で決して男女のような関係にはなれないんだから。
それどころか、ボクの気持ちを碧羽が知ったらどう思うか…考えただけでも怖いくらいだ。

ボクにとって碧羽は大事な友達。

ただ、その想いを超えて時々あふれ出そうになるけど、関係が壊れるくらいなら一生この気持ちを隠し通した方がマシだ。
だから、峰岸が心配するような事は何もない。
そう…何もないのに…胸が張り裂けそうに痛いのは、峰岸に言われて改めて自分の立場を思い知ったから。

ボクと碧羽は一生恋人にはなれない。

当たり前で、それでも辛いと感じるこの感情を今は隠す事で精一杯なんだ…。



碧羽への感情は、抑えようとすればするほど外に出たがった。
顔を見れば傍に寄りたくなり、スキンシップの激しい碧羽に触れられると抱きしめてキスしたくなる。
その気持ちが強くなる一方で、ボクは少しずつ碧羽と距離を置くようになっていた。

「彬光、今日遊び行っていい?」

「今日は、ごめん…」

「あ…そっか。この間も断られちゃったし、今日は大丈夫かと思ったんだけど…」

「ごめんな」

「いいって、いいって。じゃ、また明日な!」

この時のボクは自分の気持ちを抑える事でいっぱいいっぱいで、碧羽がどんな気持ちでいたかなんて気付いてやる事ができなかった。
いつも友達と楽しそうに笑ってたし、元気に走り回って、遠目からでもボクだと気付けば大きな手を振ってくれる。
そんな碧羽しかこの頃は知らなかったから、本当の気持ちに気付いてやれなかった。

この時の事は、今でも後悔してる。

少しでも碧羽に対して気付いてやれるものがあったら良かったのにと…。

「若菜」

帰り支度をしているボクに、前触れもなく声を掛けてきたのは峰岸だ。
コイツはいつも突然やってきてボクをヒヤッとさせるから、いつの間にか条件反射で構えるようになってしまった。

「なーに、碧羽の事避けてんだよ」

「避けてなんかいないよ」

「嘘つけ。碧羽はバカだから気付いてないかもしれねぇけど、バレバレだから」

(ああ、またか…)

「お前さ、もう少し碧羽の気持ち考えろよ」

(うるさい…)

「碧羽はお前の事、大事に――」

「――うるさいな!この間から一体何なんだよ、お前は何が言いたいんだ!!」

しん…と教室の中が静まる。
まだ残ってた生徒が驚いた様子でボクを見る中、峰岸は一人普段と変わらない表情で溜め息を吐いた。

「オレが言いたいのは、アイツと仲良くしてくれって事と…」

その先は峰岸なりに気を遣ったのが様子から分かった。
ボクが碧羽に特別な感情をもってはいけないと、先日と変わらない事を言いたいのだろう。

仲良くしてほしいけど、特別な感情は持つな。
それは同性の友人に対して、ごく当たり前で普通の事だ。

でも――

「ボクには、無理だ…」

碧羽の傍に居ると自覚する「好き」という感情。
それは疾うに友情を超えていて、傍にいると抑える事ができない所まで来ている。

「できる事なら、ボクだってずっと傍にいたいよ…」

「若菜…」

この時、酷く辛そうな表情で峰岸が見ていた事を、顔を伏せていたボクは知らない。
もし知ってたら峰岸が本当は何を言いたかったのか、どうしてボクにあんな事を言うのか少しでも気付けたかもしれないのに…。

いつも、こうやって優しくしてくれる人を避けてきたのだと後に知る。
峰岸ほど、この時のボクを心配してくれてる人はいなかっただろうに…。



この日、碧羽にメールを送った。

『話しがしたいから、連絡して』

短い文に普段なら倍以上の文字や顔文字が返ってくる碧羽からのメール。
その日は返ってこなかった。





メールを送った翌日から、碧羽は学校を休んだ。
峰岸は風邪だと言っていたが、ボクはメールの返事がない事も含めて嫌な予感を感じていた。

この感情は久しぶりのような気がする。
碧羽とあの林で会った時から感じている、離れると不安になるあの気持ち…顔を見ないと落ち着かない、元気に走り回ってくれてないと不安で堪らない。

ただ普段通りの笑顔で学校に来てくれれば、ボクへのメールは無視してくれても構わないから…早く、顔を見せてほしかった…。

「はぁ…」

碧羽が学校を休んで一週間、ここ二、三日まともに眠れてない。
いくら眠れないと言っても体力的には限界がきてるようで、ボクは午後の授業をさぼって保健室で眠る事にした。

「――…彬光、彬光」

「…?」

数分眠ったような気がする。
そんな感覚の中、目を覚ますと碧羽がいるように見えた。

「碧羽…」

横になったまま伸ばした手は、迷うことなく碧羽を抱きしめる。

「会いたかった…」

「――っ…え?」

碧羽の声が戸惑ってる事に気付いた時、初めて自分がしている事に気付いて慌てて碧羽を離した。

「ご、ごめん!」

「あ、いや…全然いいんだけど。寧ろ、そんなに会いたいと思ってくれてたんだ?」

そう、おどけた口調で言う碧羽は若干戸惑ってるようで顔が赤い。
ボクはというと、困らせてしまった事よりも、寝ぼけて碧羽を抱きしめてしまった事に動揺せずにはいられなかった。

「もっ、もう、風邪大丈夫なのか?」

「え…?あ、ああ、うん。もう大丈夫」

(良かった、いつもの碧羽だ)

ボクはいつも大事な事を見逃す。
この時、碧羽が一瞬、表情を曇らせた事に気付かなかった。

「メールくれたのに返事できなくてごめんな」

「いいよ、気にしないで」

「良かった、怒ってたらどうしようかと思った」

「ボク、そんな短気に見える?」

「オレはそう思わないけど、涼が“若菜は短気だから気をつけろ”って」

「峰岸の奴…」

どうして奴は余計な事しか言わないのだろう。ボクに何か恨みでもあるんだろうか。

「彬光は…涼と仲いいんだね…」

「全然」

キッパリ言い放つ。すると碧羽は面食らったように目を丸くした後、ケラケラと笑い出した。

「あはは、そういう所がきっと涼に好かれるんだろうなぁ」

「はぁ?峰岸に好かれても嬉しくないよ」

「またまたぁ、絶対仲良しだよね。でもオレも負けたくないな…」

ほら…碧羽はすぐこういう事を言う。
まるでボクをとられたくないと言ってるように聞こえて、また勘違いしそうになるんだ。

「ねぇ、今日の放課後、久々にあそこ行かない?」

「もしかして、あの林の…?」

「そう。オレ、彬光とゆっくり話がしたい」

「いいよ、ボクも話があるから…」

「分かった…まだ授業終わらないからゆっくり寝て。オレも隣のベッドで寝ちゃお」

「久々に学校来たのに、真っ先にさぼりとは…」

「へへ、高校生らしいだろ?」

碧羽の笑顔と声に、ボクは久しぶりに安心して眠る事ができた。

目が覚めて、放課後になったら今まで隠していた気持ちを告げよう。
悲しい結果になるかもしれない。でも、この先ずっと碧羽への気持ちを隠していくことは、もうボクにはできないから…。





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