閉店後のQueen。
オレは当然のように京介の胸倉に掴みかかった。
「どういうつもりだよ!」
「――ッ!」
京介が壁に背中をぶつけ、痛そうに眉を顰める。
怒りの中でコイツも人並みに痛がったりするのかよと思いながら見下すように睨みつけた。
「離してください」
「アァ!?ふざけんなよ、テメェ愛に何しやがった?」
本来だったらこういう揉め事がないようにするための永久指名。
自分が今やってる行動一つ一つが「世莉」としてのイメージを悪くしてると実感する。
それでも京介への怒りは収まりそうになかった。
「ストップ、ストーップ!」
更衣室に入ってきた剛が慌ててオレ達の間に割って入る。
「どけよ、剛!」
「世莉さん、マジ落ち着いてくださいって!らしくないっすよ!」
「はぁ?なんだよそれ、コイツはなぁ――」
激昂するオレの横で、スッ…と静かにスーツの擦れる音がした。
「――なっ…」
京介がオレに向かって頭を下げている事に、思わず面食らってしまった。
「世莉さんを怒らせるような事をしたなら謝ります。すみませんでした」
コイツは本気なのか?ふざけてるのか?感情が読み取れない。
こういう仕事をしてると大抵、相手の気持ちは口にしなくても分かるものだ。
会話してる時の相槌や態度で「楽しんでる」とか「つまんなそう」っていうのが読み取れる。
けど京介はいつも同じ顔でオレを見てくる。
まるで「お前に見せる感情はない」とでも言わんばかりの表情で…。
「おい…お前、何考えてんだ?全然分かんねぇ、気持ち悪ぃんだよ!」
吐き捨てるように言った後、オレは逃げるようにこの場を後にした。
「世莉さん!」と剛がオレを呼び止める声にきつく目を閉じて…。
――気持ち悪ぃんだよ!
自分の吐き捨てた言葉を脳内で繰り返し罪悪感に襲われる。
酷い言葉だ…。
友達なんかに、ふざけて言う事はある。
けどそれは、あくまで会話の一つとして相手も分かってるから言える事で、さっきのは明らかにオレが悪い。
あんな風に感情任せに言う事は避けてきたのに…。
この世界は自分の言葉一つでお金が動く。
そして、人の心も。
だからみんな金を使ってオレ達に会いにきて…中には夢中になりすぎて悲しい道を進む人もいるのに…。
「最悪だ…」
京介が来てから、イラついてばかりだ。
過去の苦い思いでを蒸し返されてるみたいで辛い…。
ナンバーワンを引きずりおろされて、昔の悔しい気持ちを思い出した。
愛を京介にとられて、自分の力不足を感じた。
そして…アイツがさっき見せたあの顔…。
アイツの前から立ち去る時、一瞬見えた顔が酷く悲しそうだった。
(何であんな顔したんだよ…)
過去にも同じ顔をした女がいた事を思い出す。
いや…思い出すというのは変かもしれない。忘れたくても忘れられないんだから…。
ただ、時間がオレの傷を癒して、辛い気持ちを誤魔化してくれただけだ。
なのに京介があんな顔するから、またあの時と同じ痛みを思い出してしまった。
「やっぱムカツク…」
ぽつりと呟いた声は、日差しのさす繁華街に消えていった…。