結局、愛から連絡はなく店に来ることもなかった。
オレは何とかゆかりに頼んで同伴する事はできたが、愛への苛立ちは消えない。
こういう蟠りは本当は良くないって分かってる。
多分、剛あたりだと笑って過ごせるような話だろう。
でもオレは自分のプライドの高さを改めて感じただけだった。
「あれ、京介また休みっすか?」
剛に言われてふと店内を見回す。
そういえば昨日も休みだった。
オレは愛との事でゆかりにも迷惑かけたし、忙しかったから気にも留めなかったけど…。
「ちっ…」
ナンバーワンがこんな事でどうするんだと、京介のだらしなさにまたムカついた。
「おはようございます」
次の日、京介は相変わらず何でもないような顔をして出勤してきた。
予想外の客と一緒に。
「愛!?」
目玉が飛び出そうな程驚いた。
京介と一緒に店に入ってきたのはオレの担当である愛だったからだ。
店の奴らも愛がオレの客だって分かってるだけに、この気まずさと羞恥は堪えがたいものがあった。
今すぐ京介の胸倉を掴んで「どういう事だ」と問い詰めたいくらいだ。
「どういう事っすかね…マズイでしょ」
剛の言う「マズイ」とはシステムの事だろう。
ホストクラブには永久指名制というシステムがあって、一度指名したホストを変えられないようになっている。
取った取られたのトラブルを避ける為だ。
だからと言ってお客も好みがある訳で。
そういう場合は店を変える人が多いけど、中には永久指名を脱出する手段に出るタイプもいる。
「世莉、ごめん!今度から京介を指名したいの!」
愛は手段に出るタイプだったらしい。
まるで浮気相手に彼女を取られたような心境。
そんな体験ないけど、多分そんな感じだ。
愛はひとまず今日はオレを呼んでいるが、次回から京介を指名したいという。
「な…なんで?」
女々しくそんな言葉しか出てこない。
愛は手がすっぽり隠れるような袖をぎゅうっと握り締め、戸惑い気味に口を開いた。
「本気に…なっちゃったの…」
「は?」
「店を変えようとも思ったんだけど、京介の事好きになっちゃったの…ごめん、世莉…」
永久指名を抜け出す方法。
一、上の人間(マネージャーや店長など)に許可を取る。
二、担当(つまりオレ)に「変えてもいいよ」と言わせる。
愛のそういう気持ちは理解できなくはないが、もしオレが「イヤだ」と言った場合どうなるのか初めて試してみたいと思った。