アナタはQueen | ナノ




汐音の動きは日に日に目立つものになっていた。
最初は少しずつ…半月経った今、追い上げるように他のホストの指名客にまで手を出し始めている。
ついにこの状況に黙ってられなくなった連中は、閉店後のStellaで汐音を責め立てた。

その殆どが、悠聖さんに金を積まれてきた連中だった。

「おい汐音!人の客に手だしてどういうつもりだ!」

「どういうつもりとは?彼女達が俺を選んで指名してくれてるだけだろう?何の問題がある」

「問題あるだろ!人の客に手を出さねぇのはこの業界のルールだろが!」

汐音に客を奪われた連中の気持ちは良く分かる。実際オレもその一人だし、業界のルールというのも理解できなくはない。
けど、それはオレ達がそういうシステムの中で働いてきたからこその意見であって、ここに居る以上Stellaのルールに従わなければならない。嫌なら他の店に行くしかないんだから。

悠聖さんも永久指名はしないと決めた段階で、こういう揉め事が起こるのは予想できてたはずだ。本来ならこういうのを避けるためにあるシステムなのに、悠聖さんはあえてそれをしないと言った考えが分からなかった。

「おい世莉!お前も何か言えよ、お前だって汐音に客取られてんじゃねぇか!」

汐音に文句を言っていた一人が、埒が明かないと言った様子でオレにふってきた。
ちらりと汐音に目を向ければ相変わらずのスカした顔にカチンとくる。そんな顔してるから余計に責め立てられるんだが、分かってやってそうなのが汐音の厄介な所だと思った。

「別に、何も言う事ねぇよ」

「何でだよ、コイツがやってる事は俺らホストをバカにしてんだぞ!」

「確かに汐音にはムカツクけど、オレ達は今Stellaのホストだろ。システム上、客取られても文句は言えねぇんだよ」

「客、寝取られてもかよ!」

「禁止されてないならいいんじゃねぇの?お前らだってやってんだろ?」

それぞれが自分勝手な言葉を口にしては、意見の食い違いに店内はヒートアップしていく。既にこの状況を抑えらえるのはオーナーである悠聖さん以外いないはずなのに、その本人は全く出てくる気配がなかった。

あの人は、QueenだけじゃなくStellaまで見捨てるつもりなんだろうか…。

店に対する悠聖さんの気持ちが分からない。
苦労して店を手に入れて自分の城だと喜ぶ人もいるのに、こんなめちゃくちゃな状態にして何がしたいと言うんだ。

「ふっ…はははっ」

突然この騒ぎに適さない静かな笑い声が店内に響く。その笑い声が汐音のものだと分かると、みんなの視線は一斉に同じ方へ向いた。
くくく、と肩を揺らして笑う汐音の姿はある意味不気味で思わず息を呑む。

「お前ら全員、ホスト辞めちまえよ。どいつもこいつも馬鹿ばっかじゃねぇか…特に世莉、お前だよ」

「ああ?オレが何だってんだよ」

「本当にムカツク程ヌケちまいやがって…ゆかりもな、そんなお前に愛想が尽きたってよ」

「はぁ?どういう意味だ」

「キスもしてくれない、抱いてもくれない…そんなホストのどこに惹かれるってんだ?
彼女達は何しにホストクラブに来てると思う?欲求を満たす為に来てるんだ。疑似恋愛を望んでる子がいるなら、体まで付き合うのがホストの仕事だろ!」

「望んでるからって、人の客に手出すのか?」

「満たしてやるのが仕事だって言ってるだろ」

「てめぇ!」

カッと頭に血が上って汐音の胸倉に掴みかかる。汐音は心底見下した顔でオレを見てくるから、怒りと何とも言えない感情が込み上げてくる。

「おい」

そんな中、ふと背後から肩を掴まれた。

「――悠聖さん…!」

その表情にゾッとした。
今まで見た事のない…いや、向けられた事のない怒りと幻滅の混じった表情。こんなに冷たい顔ができる人だったのかと、思わず身が竦んだ。

「世莉もうやめとけ。お前らも、汐音に絡んでる暇あるなら自分の客掴んでおけよ!」

あれだけうるさかった場が、悠聖さんの言葉に一気に静まり返る。これが、カリスマと呼ばれた男の存在感なんだと身に染みて感じた。

「納得できない奴は俺に言え、話しだけは聞いてやるし、店を辞めたきゃ辞めさせてやる」

「――ッ」

耳を疑いたくなるような言葉だった。

(辞めたきゃ、辞めさせてやるだと…?)

それはオレがホストとして仕事をする上で、信じていたことを裏切られた瞬間だった。

「おい…アンタ、オレに言ってきた事は何だったんだ?言ってる事とやってる事が真逆じゃねぇかよ!」

過去に悠聖さんはホストとして“こうあるべきだ”という事を教えてくれた。
それは悠聖というホストが経験して学んできた事でもあった――

『いいか、永久指名制があるのはホスト同士が揉めないためだ、キャストが仲悪いと直ぐに気付かれるからな。あと人の客に手を出すのもルール違反』

『お客さんが望んでも?』

『望んでも。個人的に付き合いがあるなら二人の問題だけど、客としては禁止。まあ…言ってもきかない奴もいるけどな、お前はちゃんと守れよ?』

『はい…』

『キャストがいてこそのホストクラブなんだからな!』

揉めるな、仲良くしろ、面倒見てやれ。
ホストにはホストの礼儀やマナー、規則があって、それを守ってこその仕事だと教えてくれた。

(――なのに、どうして!)

平気であんな事を言えるんだ?
オレが教えてもらってきた事はなんだったんだ。
それとも、いつまでも悠聖さんのいう事を真に受けているオレが悪いんだろうか。

「ふざけんなよ…!」

プライドを持って仕事をしてきたオレにとって、悠聖さんの言葉は決して許されるものではなかった。
何が本当で、何が嘘なのか、信じる事すら躊躇させられる…。これ以上この人に振り回されるのは堪えられなかった。

「こんな店で働いてられるか!」

背中を向けて店を出ようとするオレに、悠聖さんは「おい」と静かな声で言った。

「そうかよ。じゃあ、神田には俺から伝えといてやる」

「なっ!?Queenの事はアンタに関係ないだろうが!」

「元は俺の店だ、神田に言えば間違いなくお前は切られる。どうするよ?」

それは脅しのような言葉だった。
しかし実際は途半端な事をしているのはオレの方で、助っ人に来てからQueenの世莉は落ちる一方だ。こんな状態でStellaを辞めたら、それは勿論Queenに戻れなくなっても仕方のない事だと認めざるを得なかった。

「くそっ!」

オーナーと雇われてる身であるホストの違いを突き付けられて、堪らなく惨めだった。





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