アナタはQueen | ナノ




一週間働いてみて気付いた事がある。
Stellaではオレの営業のしかたじゃ、客は物足りなく思っているという事だ。

ここでは清潔感や品は重視されず、ノリの良いホストが好かれやすい。店内でキスしたり抱き合ったり、話しよりもそういうスキンシップを求める客の方が多い。
Stellaのホストだって馬鹿だからノリでそういう事をしてる訳じゃない。アイツらも計算して上手く駆け引きをしてるんだ。

自分の客の前で他の女とキスしてる所をわざと見せて、嫉妬させて、そして優しく落とす…飴と鞭を器用に使い分けて金を貪る。そういうやり方をしてる奴もいる。
ホストという職業はある意味では疑似恋愛だ。本気になってもらって金を使わせる。その金は自分のフトコロに入り、成績を上げるんだから中にはどんな手段だって使う奴もいるだろう。

オレも、そういうやり方をしてきたから分かる。
だからこそ、今のオレには他のキャストと同じような事はできないと思った。
そのせいでセリカを傷付けたんだから…。

(でも…)

実際、短い間とはいえオレはStellaのホストで、今ままの営業のしかたをしていても新規の客は掴めないだろう。

汐音も言っていた通りStellaがQueenと違うからって、仕事内容は変わらない。けど、永久指名のシステムも店の雰囲気も違うのは確かだ。
Queenのホストとして仕事してきたけど、そんなプライドを持っている場合じゃないのかもしれない。Stellaのホストとして、ここに居る連中と同じようにキスを強請られればキスをして、場合によっては枕もしなければいけないんだろうか…。

(できねぇ…)

当時はナンバーワンになる為に何でもしてきた。
キスも枕もしたけど、セリカの件があってからそういうのは止めたんだ。

なのに、ここに来てまた同じことを繰り返すのか?
本当にそれで良いのか?

良い訳がない…もう、セリカの時みたいに人の気持ちを振り回す接客はしないって決めたんだ。だとしたら、オレはStellaでどう働いていけば良いんだろう…。

『世莉』は一体どんなホストで、どんな奴なのか…今は他人よりも自分の事の方が分からない気がした。




店に向かう途中の歩道で、稔さんとバッタリ会った。

「何だか久しぶりだなぁ」

「本当、同じ店で働いてるのに」

稔さんの働いてるバーカウンターはオレ達が普段接客してる場所から離れていて、一日顔を会わせない日もある。Queenではカウンターを好むお客さんも居たし更衣室で雑談する事もあったけど、Stellaに来てからそういう機会がなかった。

「どうだ、仕事は。システムも客層も違うから大変だろ」

「まあ、難しいっす…」

「だよなぁ、俺も毎日くたくただよ。でも、きっと悠聖さんには考えがあるんだろうな」

「…どういう、意味ですか?」

「あの人が何の意味もなく行動すると思うか?永久指名のシステムの事も多分、何か考えてるんだと思うよ」

「……」

(信用、してるんだな…)

オレには稔さんのように、悠聖さんの事を思えなかった。
勿論、悠聖さんからしたらStellaは自分の店で城だ。そういう意味では何も考えずに行動してるとは思えない。

でも…じゃあ、何でそんな人がQueenを捨てたんだ。店の事を考えられる人なら、Queenを去るにしても違うやり方があったはずなのに。

「まだ…許せないのか?」

「え…?」

「悠聖さんの事」

許す…。そういうのとは何かが違う。怒りは疾うに消えた。なのに胸裏に残ってる蟠りの正体が分からない…。

「稔さんは何とも思わないんっすか?悠聖さんがQueenを捨てた事…」

「俺は、捨てたと思ってないよ」

「…悠聖さんが店から消えた時、稔さんにも何も話さなかったんでしょ?なのにどうして…」

「あの人は、俺をバーテンの道にすすめてくれた人だからね…」

前に一度だけ聞いた事がある。
稔さんは元々ホストをしていて、当時は借金を抱えていた事があると。その時期に悠聖さんにQueenのバーテンをしないかという話を持ちかけられて、本格的に今の仕事についたと言っていた。

「会話が苦手でも美味しい酒が作れて、愛想さえあれば良いからってさ。今Queenに居られるのは悠聖さんのお蔭だから、頭上がんないだけ」

稔さんの言葉から、悠聖さんに対する信頼と恩を感じた。
それは二人にしか分からない事だけど、オレの知ってる悠聖さんもそういう人だった。
だから憧れたんだ…。

今のオレはあの人をどういう目で見てるのか分からない。
ただ分かるのは、今の悠聖さんの考えを素直に受け入れられないという事だ。オレに欠けたのは、あの人に対する純粋な気持ち…。

当時のように素直でいられたら悠聖さんの考えも京介に対する想いも、とっくに違うものになっていたかもしれないのに…。

「あれ?」

「どうしたんっすか?」

「あ、いや…」

何かを見掛けたらしい稔さんがよそよそしく視線を逸らす。
背の高い稔さんらしい反応を見逃さなかったオレは、訝しむようにその場に目を凝らした。

「はぁ?」

そこに見えたのはネオン街の人混みの中でも目立つ汐音の姿と、何故かオレの指名客であるゆかりという女が並んで歩いている姿だった。
二人の様子は偶然会ったとは言い難く、ゆかりはそれは嬉しそうに汐音の腕を掴んで歩いている。

「たまたまじゃないかな?」

「そう見えます?」

「はは…」

ゆかりはQueenでのオレの客で割と長い間指名してくれてる。
ある程度誰の指名客か把握している稔さんも、この状況には苦笑いをするしかないようだった。

何故二人が一緒にいるのか…。考えなくても汐音とゆかりの接点はStella以外にない。最初に考えていた通り、自分の客を安易に呼べばこういう事になるという事がハッキリわかった瞬間だった。

(永久指名制か…)

これがQueenでの事なら今すぐ汐音をとっつ構えて蹴りの一発でもくらわしてやる所だが、Stellaのシステム上何の問題もないだけに文句の一つも言えない。
追掛ければ捕まえられる距離にいるのに、オレはただ目を逸らしてこの状況を見過ごす事しかできなかった。





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