「いらっしゃいませ」
艶の扉を開けると店のホステスが「お待ちしてました」とオレ達を店内へと案内してくれた。
「来たか。突然呼び出してすまなかったな」
「いえ…」
奥のボックス席に座っていた神田さんの向かいにオレ達三人が座る。
すると間もなくして「世莉ちゃん」と知ってる顔が挨拶に来てくれた。
「久しぶりねぇ、やだぁ益々美人になって」
「澄香(すみか)さん、お久しぶりです」
挨拶に来てくれた澄香さんは、この店でママの次に長いベテランホステスだ。
この店の姉さん達の平均年齢は自称二十歳と聞いてるが、恐らくオレの母ちゃんの方が年が近いと思う…。
「覚えててくれたんですね」
「当然よぉ」
澄香さんには以前この店に来た時に何度か接客してもらった事がある。だがそれも一年も前の話だ。その間、顔を出さなかったのに覚えててくれた事が、嬉しいと思うと同時に流石と感心してしまう。
「稔も元気そうね」
「久しぶりですね」
「この子ったら、すっかり大人になっちゃって!」
「はは…」
どうやら稔さんとも面識があるらしい澄香さんは、まるで親戚の子供に久しぶりに会ったような挨拶をする。
稔さんもお馴染みの下がり眉毛で笑いながら、少し戸惑ってるようだが無理もない。この店では稔さんのような二十代後半の男性でも子ども扱いだ。
「あっ…」
「お邪魔してます」
京介を見た澄香さんが一瞬なにか言い掛けたが、すぐに営業スマイルで「いらっしゃい」と応える。オレはそのやり取りを大して気にもせず神田さんに声を掛けた。
「あの、呼ばれたのはオレ達だけですか?」
「いや、もう一人来るのだが…」
その時、丁度その“もう一人”が姿を現し、何の前触れもなくオレの横に座ってきた。驚いて反射的に顔を向けると、予想もしてなかった人物に我が目を疑った。
「やあやあ、お待たせ!」
「悠聖(ゆうせい)…相変わらず、その遅刻癖は治らんのか」
「そう怒るなってぇ、な?神田!」
悠聖さんは、わははと豪快な笑い声を響かせながら、馴れ馴れしく神田さんの肩を叩く。鬱陶しげにその手を払う神田さんの様子に、二人の関係が親しいものだと感じ取れた。
しかし、今のオレはそんな事を悠長に思ってる余裕はなかった。
(な、なんで…何でここに悠聖さんが…?)
どこを見て良いのか視点が定まらず戸惑っていると、気付かれない訳がないのに声を掛けられて一瞬頭の中が真っ白になった。
「久しぶりだな、世莉」
「…っ」
きっと自分の過去の過ちに悪びれる様子もなく、屈託のない笑顔でオレを見ているんだろう。そうだと分かっていても感情のまま怒りをぶつける事も、何事もなかったようにやり過ごすこともできずに、ただ握った拳に力を込めた…。