現在、Queenは神田(かんだ)さんというサラリーマン上がりの人がオーナーを務めている。
神田さんについて知っている事と言えば、彼が元はホストでこの業界ではかなりの有名人だという事だ。どこにでもカリスマと呼ばれる人がいるのだが、神田さんはその部類の人だったらしい。
らしい、というのはオレがその時代を知らないからだ。噂で聞く限りだと、相当だったとか。そんな神田さんはホストを辞めて昼の仕事を始めた後、何故か今Queenのオーナーをしている。
どういう流れでウチの店に来たかは知らないが“前オーナー”と関係があるのは間違いないようだ。
京介の部屋を出て一度帰宅したオレは、やっぱり慌ただしく支度をして待ち合わせ場所に向かった。
「おはよっす…」
午後20時過ぎ、待ち合わせのとあるビルの前着くと背の高い二人に声を掛けた。
「おはようございます」
「おはよ、世莉」
背の高い二人とは、京介とウチの店のバーテンをしている日下 稔(くさか みのる)さんだ。
京介がここに呼ばれていたのは知っていたが、まさか稔さんまで一緒とは思わず呼ばれた理由に謎が深まる。
「世莉も呼ばれてたのか。ナンバー入りホスト二人に、バーテン一人…一体何の集まり?」
「さあ?オレも良く分からないんっすよ」
稔さんも事情を知らないらしくオレと二人で、う〜んと考え込む。その横で京介がポツリと言った。
「呼ばれているのは俺達だけでしょうか?」
「そうみたいだね。もう入っちゃおうか」
事前に場所の指定があったので、オレ達はそこへ向かう事にした。
このビルは随分昔からあって一階から七階までのフロアに様々な店が入っている。その殆どがスナックやバーなのだが、長く経営している店が多い。
「しかし、何で艶(えん)なんだろう?」
エレベーターのボタンを押しながら稔さんが言った。
――艶(えん)
バブル最盛期にオープンしてから今も常連客が絶えない、どちらかと言えばスナックのような場所だ。ベテランのホステスがそこらの人じゃまず話すらできないだろう客を相手に接客してる。それだけ凄い女性が揃ってる店だ。
しかし、今のご時世“遊び”にお金を使える人間が少なくなってきてるのも確かで、床にお金が落ちていたり、車や身なりで男の価値を決める時代じゃない。
当時通っていたお客さんが年をとり、今度はその子供が店に足を運ぶ。それもごく一部で当時の活気はないという。
オレも過去に来た事があるがその時には既に今の状態で、とても落ち着いた場所だった。お客さんも“飲み方”を知ってるし、姉さん達も品があってQueenにはない雰囲気の店だ。
オレには少し敷居が高いように感じるが、神田さんのような経営者が行くにはちょうどいいのかもしれない。
「神田オーナーの行きつけだと聞いた事がありますが…俺達を呼んだ理由は分かりませんね」
「本当だよ。ああ、もう開店時間過ぎてるし…なんも準備してないのになぁ」
稔さんはオレ達ホストとはやる事が違うから、その言葉に共感できないのが申し訳ない所だ。
オレと京介は言ってしまえば体さえあれば後はトークで何とでもなるけど、バーテンはそうはいかないのだろう。
「いいんっすよ気にしなくて。突然呼び出したのはオーナーなんだから」
「はは、そうだね…」
稔さんは元々下がった眉毛を更に下げて笑った。
オーナーに呼び出されても店の事を気にする稔さんが、どれだけ仕事熱心なのかが分かる。自分にもこういう気持ちはあったはずなのに、今はそれが少し欠けているように感じた。