「またね、京介、世莉」
店の外まで愛達を見送る。
エレベーターの中でニコニコと手を振る愛に、ドアが完全に閉まるまでオレと京介は笑顔で返し、階数が下へと動いたのを見て「はぁ…」と深い溜め息を吐いた。
「世莉さん、大丈夫ですか?」
「何が?」
「いえ…少し困ってるように見えたので」
接客中もオレの様子を窺ってくれてたのかと、それだけで嬉しくなってしまう辺りすっかり京介に惚れてると思う。
けど、それを態度に出せないのもオレで「別に」と突き放してしまう自分が憎い。
「世莉さん…」
店の入り口へ向かう途中、背後からいきなり小指を掴まれる。
ビックリして振り返ると京介が珍しく眉をハの字にしてオレを見ていた。
「何だよ」
「だって、最近忙しくて世莉さんに触れてないから…」
「バ、バカ!こんな所でそんな事…」
「はぁ…抱き締めて、キスしたい…」
「なっ…」
酔っぱらってんのか?と聞きたいところだが、京介の場合はそうじゃないから厄介だ。コイツは平気で訳の分からない事を言ってオレに触れたがる。
「お前が同伴やらアフターで忙しいからだろ」
「世莉さんだってそうじゃないですか。このところ毎日アフターしてるでしょう」
「それは、お前が――」
そこまで言い掛けて慌てて口を閉じる。
オレがアフターを頻繁にするようになったのは、京介が忙しくなったからだ。
前から同伴やアフターはしてたけど、今ほど集中してやってた訳じゃない。
京介がいないから…。
京介のいない時間、金を出して飲みに行くより、お客に相手してもらう方が自分の為になると思ったからだ。
(寂しいからなんて、言える訳ねぇよ…)
自覚してる。
コイツに恋してんなって…。
ナンバーワンに戻りたいのは勿論だけど、正直今は京介に頑張ってもらいたいと思うオレがいる。
こういう気持ちが嫌だから特別な関係になりたくないと拒んできたのに、これじゃ何の意味もない。
けど、今更「付き合おう」なんて言ったところで自分がダメになっていくだけだ。
京介に頑張ってもらいたくて、接客にも力が入らなくなるのが容易に想像できる。
オレはそういう奴なんだ…。
特別な関係。
自分を犠牲にした関係しか作った事がないから分からない。
尽くす事意外に相手に喜んでもらえる方法が浮かばないなんて、ホストとしても終わってるよ…。
「世莉さん?何やってんっすか?」
「ご、剛!」
お客様を見送りに来た剛がキョトンとした顔でオレ達を見ていて、慌てて京介と距離をとる。
「あれ?あの人達、下の看板の…?」
「そう、ウチのナンバーワンの京介と、ナンバーツーの世莉さんっすよ」
剛のお客様がオレ達を好奇の目で見てくるのを、京介がぺこりと頭を下げ、オレがヒラヒラと手を振って返す。
お客様が嬉しそうに黄色い声を上げるのを見て、まるでアイドルか何かみたいだと思った。
けど、夜の店で顔を知られてるという事はそういう事なんだ。
知ってる人は知ってる。それも一方的に。
オレが知らない人も情報誌や口コミで「世莉」を知ってるんだ。
(そうだ…)
オレは今この店のナンバーワンを張ってた男だ。
すぐにまたナンバーワンに戻って、京介を見返してやらないと――
「世莉さん、寂しいけどまた後で…」
耳元で囁かれた言葉にカァーっと顔が熱くなる。
触れてもいないのに、京介の唇が耳に押し当てられたような感覚がしてドキドキと心臓が早鐘を打った。
「…っ」
ヤバイ…触れたいのはオレの方だ。
京介に抱き締めてキスしてほしいって…素直に言えばすごく喜んでくれると分かってても、オレはまた何も言えずに後悔ばかりする…。