最後にセリカから電話があったのは今みたいな朝方で…。
殴られた事への怒りと、セリカに対する中途半端な感情に迷う事なく携帯の電源を切った。
身勝手で、感情任せの行動。
その日…セリカが飛び降りたと聞いたのは、夕方になって携帯の電源を入れた時。
店のスタッフからのメールで初めて知った事だった。
罰があたったんだ…自分の曖昧な行いが招いた結果だった。
その後、オーナーからセリカは無事だったと報告を受けたが、半身の自由を奪われ車椅子の生活を余儀なくされたとの事に愕然とした…。
「店の黒服が見つけてくれたって聞いたけど、お前だったんだな…」
京介はセリカと愛の命を助けてくれた。
そしてオレの気持ちも…。
もし京介がいなかったら、オレは一生消えない傷を抱えたまま生きてかなきゃいけなかったんだ。
オレには京介を責める権利なんか微塵もなかった――
「京介…本当に…本当にありがとう」
「世莉さん、やめてください」
頭を下げるオレに京介は慌てて止めようとする。
けど、本当なら土下座したって足りないくらいだ。
「お前の思う通りにしてくれ。殴ってもいいし、店を辞めろって言うなら辞める」
「何を…!俺は世莉さんにそんな事してもらうつもりで言った訳じゃありません」
「でも、このままじゃオレ…お前に酷い事したままで…」
苦しいんだ…。
絞り出すように言った声に、きつく目を閉じる。
そうだよ…あの頃の気持ちを絶対に忘れないと誓ったのに…。
京介にナンバーワンを持ってかれた事に怒りを感じたのは、また同じ事を繰り返す前触れで…それを京介が止めてくれた。
オレのせいで失うかもしれなかった命を、助けてくれたのは京介なんだ。
「京介…オレ…」
「じゃあ…家に、来れますか?」
「…っ」
その言葉の意味は直ぐに理解できた。
京介はオレを抱くという意味で言っているんだ…。
抵抗がないと言えば嘘になる。
でも今は、京介が望むならそれでも構わないと思った。
それは純粋な気持ちとは言えないけど、そのくらいしか京介に対して何もしてやれないから…。
そう思ったのは、過去を思い出して自分の行いを改める事ができたと同時に、ナンバーワンを維持していた頃のプライドを失ったからだ。
「行くよ…お前の部屋…」
ぽっかりと心に穴が開いたみたいだった。
タクシーの後部座席に並んで座る。
「……」
虚ろな瞳で窓の外を見ながら、そっと京介の手を握った。
思ったよりもゴツくて長い指。
無意識に爪の形を確かめるように人差し指を動かすと、京介が指を絡めてきた。
――あなたが好きです
京介の言葉を思い出す。
(本当にオレの事が好きなんだな…)
そう繋いだ手から感じて、少し申し訳なく思った。