「あの、今日お誘いしたのは、愛さんの事で…」
「指名の事?それはもういいよ。オレもお前に少し言い過ぎたし…」
「その事は申し訳ないと思ってます。すみませんでした」
「だから、いいって」
「実は、世莉さんに話すか迷ってた事があったんです」
「ん?」
「その…愛さんは少し悩んでるというか…世莉さんを必要としてるんですけど…」
京介は何を気遣ってるのか婉曲的に言ってくる。
そらがもどかしくて眉を寄せると、京介の戸惑ってるような顔が視界に見えた。
(…はっ!)
そしてオレは、こういう時共通の事を思い出した。
「お前まさか、愛とデキてんの?」
「は?違います」
キッパリ。まさにそれだ。
何だ違うのかと、焦れったさに酒だけが進む。
「何だよ、ハッキリ言えって」
「分かりました。世莉さん、あの日…愛さんと同伴の約束をした日ありましたよね」
「ああ…来なかったけどな」
「あの日、愛さんに会ったんですよ」
「ん?会ってたんじゃなくて?」
「会った、です」
(なるほど、それで京介と話が弾んで愛のお気に入りになったって訳か)
所が話はそうじゃなかった。
「世莉さんと同伴だと言ってたので、挨拶程度の会話をして立ち去ろうとしたんです。その時、男の人が愛さんに声を掛けてきて…」
「彼氏だった?」
「はい。前に世莉さんのヘルプについた時、暴力をふるう人だって聞いてたので心配で少し離れた場所から様子見てたんです」
京介の話はこうだ。
愛の彼氏が現れて人目を気にせず喧嘩が始まり、今度は止めに入った京介に彼氏が絡んできたらしい。
更にそれを止めようとした愛が彼氏に突き飛ばされて、携帯を壊されるという大惨事に。
だから愛がオレに連絡できなかった事を、悪く思わないでほしいと京介は言った。
「愛さん酷く落ち込んでたので、家まで送ったんです」
そこまで言って京介は辛そうに眉を潜めた。
「一度、愛さんのマンションから離れはしたんですけど、もう一度様子を見に行ったら…」
「まさか…」
京介はそれ以上何も言う事はなかった。
それは、オレの予想が当たってるという証拠だ。
サーッと血の気が引く。
愛が京介に指名変えしたいと言った日、愛はどんな格好をしてた?
(――ッ…)
手がすっぽり隠れるような、長い袖をぎゅっと掴んでいた。
袖の中を知ってるのは、愛本人と京介だけだ。
今までの話からして、京介は愛を懸命に説得したんだろう。
その気持ちが愛に伝わったって訳か…。
「世莉さん、気にするなとは言いません。でも愛さんは無事だった」
「愛は…?」
京介は「しまった」と言わんばかりの様子で、初めてオレの前で目を泳がせた。
「出ようぜ」
いつ声を張り上げてしまうか分からない状況で、これ以上この静かな場所にはいられなかった。