翌朝、二日酔いでリビングに現れたセトは、具合悪そうにソファーに倒れ込んだ。
「あー、飲みすぎた…気持ちわるい」
「昨日どれだけ飲んだんだよ」
「はぁ…分かんない。琥太郎、水ちょうだい…」
多分、今日が休みじゃなかったらセトはこんな飲み方はしなかっただろう。
何たって表の顔は「真面目で、できる男の瀬戸さん」だから。
「……」
具合悪そうなセトを横目に、コップに水を注ぐ。
あの調子だと昨日ヤッた事すら覚えてないんじゃないだろうか。
(別にいいんだけど…)
でも、すっきりしない。
モヤモヤする。
「はい、水…」
「おぉ、サンキュー…」
気怠そうに起き上がり水を流し込む。
セトの喉仏が上下に動くのを見て、俺も無意識に息を呑んだ。
悔しいけど、カッコイイ。
こんな二日酔いの男のどこが?と自分でも思う。
それでもセトはどこか完璧で、魅力的だと感じてしまうから厄介だ。
「俺、これから大学だからゆっくりしてな」
「…俊は?」
「寝てる」
セトは声を出すのも辛そうに、息を吐きながら「分かった」とだけ言って目を閉じた。
◇
この所、大学に行くとふと感じる事がある。
セトと暮らすようになって、俺の世界は変わった。
まともにやった事のない家事をして、男とセックスして…セトといる俺は自分じゃないみたいだ。
けど大学に来ると、まるで何もなかったように友達と話して、ふざけて、遊んで。そうだ、俺はこうだった、と再確認する。
そう思うようになったのは、最近の事。
理由は何となく分かってる。
セトを好きになり始めてるんだ。
正直、この感情は少し怖い。
誰かを好きになったことはあるけど、それは全て女の子だ。
男を恋愛対象として見るのはセトが初めてで、どうしたらいいのか分からない。
おまけに、あの性格。
俺が好きだと口にした時点で、セトは面倒くさいと思うだろう。
つまり、好きになっても無駄ってこと。
最初から分かってた事なのに、何でこんな気持ちになったんだろう…。
「よっ、結城」
「ん…おぉ!?荒木、久しぶり!」
ぼんやり歩いている俺に声を掛けてきたのは、荒木というやたらと肌の黒い男だった。
同じ学部なのに物凄く久しぶりに会って、思わず大きな声を出してしまった。
「お前、何やってたんだよ」
「はは、ちゃんと来てたって!って言っても、一か月ぶりだけど」
「また焼けたなぁ…ぷっ!お前、暗い所に居たら見えなくなりそうだな」
「あはは、それ、この間言われた」
こんな“友達”って感じの会話、久しぶりな気がする。
自然と笑いが出て、ついはしゃいでしまう。
荒木とは大学に入ってから友達になった。
出会った頃はヒサロ焼け、今は旅行焼けで常に肌が黒い。
一見チャラい男に見られがちだが、意外と真面目な面もある。
でもやっぱり、見た目通り女好きだ。
その荒木は一年前から、ふと姿を消すようになった。
「俺を探す旅に出る」と言ったきり連絡がつかなくなって、こうして時々帰ってくる。
後から聞けば最初のは失恋旅行で、それが切っ掛けで今は旅行が趣味になったらしい。
一年間で国内だけでも、あちこち回ってる。
まあ、良く分からない奴だ。
「結城、お前今どこ住んでんの?前のアパート行ったら引っ越したって言われたんだけど」
「あー、今は友達の所に居候してる」
「友達?大学の?」
「ああ…お前知ってたっけ、瀬戸」
「せと…瀬戸って俊?」
「そう、アイツの兄貴の家。俊も一緒だよ」
「なんでまた。まーでも、俊と仲いいもんな」
「はは、まあ…それもあって…」
つい苦い笑いが出てしまう。
まさか居候ついでに兄貴とセックスしてます、とは言えない。
「なんだー、じゃあキビシーかな?」
「何が?」
荒木はニヤリと口を緩ませ、がしっと俺の肩を組むと小声で話してきた。
「女の子と遊びたくない?」
「女の子…」
「そう、向こうで会った子なんだけど帰りも一緒でさぁ、今夜飲まないかって」
「それは、合コン的な…?」
「そうとってくれても構わないですよ〜?」
「ふふふ、良いですな」
荒木のノリに合わせて、くつくつと笑って見せる。
その様子に荒木は満足そうに「よし、決まり」と今夜の予定だけ告げてこの場を離れた。
女の子か。
セトの事でモヤモヤした気持ちも、女の子と過ごせば忘れられるかもしれない。
ついでに彼女ができればラッキーだ。
「ラッキーか…」
…少し、体だけの関係に疲れを感じてるのかもしれない。
そうだ、別にセトと付き合ってる訳じゃないんだから誰と過ごそうが関係ない。
それでも、俺に彼女ができたらセトはどうするんだろうなんて思ってしまった…。
すっかりセトを好きになっている事に少し落ち込んだ。