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05




「暇ぁー!!」
 夏の体育館は蒸し風呂だ。サウナだ。だがそれよりも事態は深刻だった。
 風が通る入口付近に陣取って、黄瀬は大声で喚く。
「うっせぇ! 死ね!」
 途端飛んできたヤジに、黄瀬は芝居がかった半泣きで返す。
「だってー、暇なんスよ! なんかやりたい! 運動じゃなけりゃいいんでしょ!? なんかやらせて欲しいッス! じゃないと俺退屈で死んじゃう!」
「なら退屈で死ね!」
「ヒドッ」
 最初の一日はよかった。
 部員は黄瀬の故障に対して同情的で、普段ならば小突かれたりドツかれたりすることを言ってみても肩を軽く叩かれるに終わった。あれやこれやと心配の言葉をかけられ、なんだかくすぐったい気持ちになったものだ。
 けれど、よくも悪くも人は慣れる生き物だ。
 部員たちには練習があって、黄瀬ばかりを気にしてはいられない。かまってくれとまでは言わないが、何もすることもなくただ練習を見ているだけというのは非常に退屈だった。
 だがそれも、三日目までは耐えた。
 四日目からは、することがないなら探せばいいと、マネージャーや監督に聞いてみたりもした。結果、マネージャーからは「特にない」、監督からは「お前にできることは何一つない」とまで言われる始末。
 黄瀬は退屈で死にそうだった。
 バスケがしたい! バスケがしたい! バスケがしたい!
 落ち着かない気持ちはどんどん膨れ上がり、こっそり帰りにストリートバスケでもしようと思えば、笠松や監督がわざわざ帰りに「忘れていないだろうな」と釘をさす。
「バスケしたいッスぅ……」
 足を広げたまま、柔軟の要領でぺたんと体を折り曲げ床に頬をくっつける。床はほんのりぬくく、全然涼を取れやしない。
「あぁもうウゼぇ! 毎日毎日うだうだうだうだうっせぇよ! シバくぞ!」
 早川が早口にまくし立てるのを無視して、黄瀬はうなりながら瞳を閉じた。
「いっそまだその方が退屈しなくていいッス……。でも、もしそれで俺が怪我してバスケ出来なくなったら、先輩ちゃんと責任とって幸せにしてくれるんスか……?」
 半目で早川を見ながら言えば、早川は恐ろしいものを見るように黄瀬を見、笠松の方へとバタバタと駆けて行く。
「笠松さん! 黄瀬が怖ぇんすけど! キモい!」
「いつものことだろ」
 ぎゃあぎゃあと笠松に報告する早川を見ながら、黄瀬は溜息をついた。暇で暇で死にそうだ。
「あっついし……」
 意味も無く暑い暑いと繰り返していると、早川の猛攻に辟易したのか笠松がこちらへと駆けてくるのが見えた。
「センパイ」
 上体を起こして、笠松を見る。笠松は疲れた表情で腰に手をあて、黄瀬を見下ろした。
「お前さぁ、暇々うっせぇよ。そんな暇なら勉強でもすっか? 机用意してやるぞ」
「それはヤダ」
 即答すれば、まぁそうだよなぁ、と笠松は苦笑する。
「見るのも練習だぞ。ていうか、お前は少し我慢を覚えろ」
 しゃがみこんで言い含める様に言葉を放つ笠松に、黄瀬はなんだか自分が小さな子供になったような感覚に陥る。思わず素直に頷きそうになるが、この数日、本当に暇だったのだ。黄瀬は頬を膨らまして、拗ねた様にそっぽを向く。
「……でも、だって俺一回見たら出来るッス……」
 黄瀬の特技は模倣だ。見ればできる。チームプレーの練習はそれを叩き込む為に何度も何度も出来るまで繰り返し行われるが、黄瀬からしてみれば、同じことを度々見せられるのは、心底退屈で仕方がない。それがどれほど贅沢な悩みか、黄瀬は今までの経験から嫌という程わかってはいたが、暇がすぎてついぽろりと口をついてしまった。
「……はぁ。お前なぁ」
 呆れた様なため息が聞こえ、黄瀬はぎくり、と肩を強ばらせる。
 怒られる、だろうか。最近は部内の居心地が良すぎて、ついつい甘えてしまっている自覚はある。今まではなんとなくどこか一線引かれている感じがしていたけれど、最近は笠松を始め部員が自分を認め、信頼してくれているような気がしていた。
 ――帝光時代も信用はされていた。けれど、信頼はされていなかったように黄瀬は思う。
 中学時代とは違い、笠松達から無造作に投げ渡される信頼は、体の中心がぞわぞわしてなんだか落ち着かなかった。落ち着かないのに不思議とあたたかく、そして心地いい。この感覚が何なのか、黄瀬にはわからない。
 しかし、黒子が言っていたのはこのことなのかもしれない、と最近黄瀬は思っている。
「……まぁお前ならなぁ。確かに見れば出来るよなぁ」
 放られた言葉に、苦い感情は含まれて居なかった。
 黄瀬は、おずおずと笠松の顔を見る。笠松は眉間に眉を寄せながらも、困った幼児を見るような目で黄瀬を見ていた。
「よし、わかった。お前、部活来んな」
「えッ!?」
 突然投げ出された言葉に、黄瀬は思わずぽかん、と口をあける。どういうことだ、と戸惑いがちに笠松を見れば、笠松はそれはそれはいい笑顔で黄瀬を見返した。
 なんだか嫌な予感がする、そう思った途端、笠松はすっくと立ち上がり監督を大声で呼ぶ。
「監督ー! ただでさえ練習の邪魔なのに黄瀬の野郎が『見りゃ出来る』とかナマ言ってるんでー! 治るまで部活来させないってどうですかねー!」
「わああん、やっぱ怒ってるんじゃないスかぁー!!」
 笑顔で放たれた毒に、黄瀬は思わず笠松の足にすがりつく。
 笠松は笑顔で手を払うと、傍に固まっていた黄瀬の荷物を強引に黄瀬に持たせる。
「言っていいことと悪いことがあんだっつの。いい加減学習しろ、ボケ。あ、言っておくけど運動したらただじゃおかねぇからな」
 オラ、さっさと帰れ。
 シッシッと手を振られ、たまらず監督をすがるような目で見る。監督は口元に手を当て少し考える素振りを見せると、笠松と同じようないい笑顔で黄瀬を見下ろした。
「そうだな。黄瀬、邪魔だ。帰れ」
「そ、そんなぁー…」
 助けを求めようと周囲を見回せば、部員たちは皆目を逸らす。じわじわと涙が溜まる。素直にごめんなさい、と口を開こうとすれば、監督がそれを抑える様に手を振った。
「部活に全部出るなって訳じゃない。ストレッチには必ず参加しろ。調子は見たいからな。ただ、現状お前に運動させるわけにはいかないし、お前にできることはない。サッサと帰って沢山飯食って寝ろ」
 要は食トレだな。そうまで言われてしまえば、頷くより他は無い。
 黄瀬は渋々頷くと、ゆっくりと荷物をまとめ始める。
 監督はそれを満足げに見ると、黄瀬の肩を叩き再び練習へと戻っていった。



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