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06




 盆も近づき、膝の経過も大分良くなってきたと言われた頃だった。
 最初は冗談だと思っていた笠松の「部活に来るな」は、案外本気だったらしく、未だにストレッチと経過報告を終えたら邪魔だと言わんばかりに体育館から追い出されている。
 意図しない夏休みを迎えそうだなぁ、などと呑気に考えていた黄瀬だが、貴重なオフ日を事務所が見逃すはずもなく、結局モデル業に精を出すことになってしまっていた。
「黄瀬くーん、じゃぁ次もうちょっとアンニュイな感じでお願いできる?」
 クライアントの要望を元に、カメラマンがあれこれと指示を出すのにあわせて、表情や顔の角度を変えていく。
 制作スタッフたちがカメラマンの後ろでバタバタと走り回るのを、大変そうだなぁと眺めながら、黄瀬はやわい表情を作る。
「はい、OKです。じゃぁ次は思いっきり笑って! 動きつけたいから軽くジャンプとか出来るかな?」
「あ、すんません。俺今ジャンプNGです」
 カメラマンの要望に即座に両手でバツを作る。
「え、そうなの?」
 カメラマンは驚きながらも、何故かバツ印を作った黄瀬の姿もカメラに収め続けた。
「今、俺膝やってて、ジャンプとか膝に負担かかるのは止められてるんすよ。もうほとんど治ってるんだけど、雑誌に載ってるの見られたら先輩たちに怒られちゃうじゃないッスか」
 笑いながら言えば、カメラマンはそうか、と笑いながら頭を掻いた。
「んー。じゃぁ、仕方ないね。どうしようかなぁ……。ちょっと相談してくるから、黄瀬くん休憩でいいよー」
「ういーす」
 カメラマンはカメラを下ろすと、クライアントの方へと走っていく。あれこれ相談しているのを尻目に、黄瀬はセットのクッションを抱きしめながら用意されたパイプ椅子へと腰を下ろした。
「お疲れ様です」
「あ、お疲れさまでーす」
 ADがすぐに走ってきて、お茶を手渡してくれる。
 談笑しながら、黄瀬はカメラマンが戻ってくるのを待った。





「……?」
 撮影が終わり、荷物を纏めているとカバンの底で携帯が光っているのが見えた。先輩だろうかと何気なく携帯を開き、黄瀬は目を見開く。
「……お」
 メールは、青峰からだった。黄瀬は驚きつつ、メールを開く。
 そこには、『暇』の一文字が書かれていた。黄瀬は、その一文字を見るなり、受信時間を確認する。14時24分。四時間以上前だ。
 即座に謝罪のメールを打とうとし、しばし躊躇してやめる。あれこれ散らかった荷物をカバンに詰め込んで、黄瀬は慌ただしく立ち上がる。
「俺急ぐんで、お先に失礼しまーす! お疲れ様っしたー!」
「あ、お疲れ様ー。またよろしくねー」
「うぃーす!」
 スタッフに挨拶をして、早足でスタジオを飛び出す。と、同時に携帯を取り出し、かけ慣れた番号へ電話をかけた。
「あ、もしもし?」
 電話の相手は不機嫌だった。おっせーよ! と文句を言うのに笑いながらごめんと返して、言い訳をする。
「俺仕事だったんスよ。で、どうしたんスか? 今どこにいんの?」
 さすがに四時間以上前のメールだから、もう家に帰ってしまっただろうか。それでも、と念のため聞けば、電話の向こうから溜息が聞こえた。
「……お前はどこにいんだよ」
「俺? 俺は代官山っス。これから帰るとこッスけど……」
「……。ちょっと待ってろ」
「へ?」
「そっち行く」
 聞き返す間もなく電話を切られて、黄瀬は思わず携帯をまじまじと見つめる。
「どこ居りゃいいんスか……」
 せっかちだなぁ、等と思いながら、黄瀬は青峰に『駅ついたら教えて』とメールを打つのだった。



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