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結果としては、二週間の安静を命じられた。 半月板損傷の一歩手前だからしばらくは激しい運動等はしないように。 そう注意された後、コードが付いた布を膝に付けられ、何度か電流を流された。それが終れば、湿布を貼られテーピングでガッチリと膝を固定される。 何度か通院をするように言われ、頷いて代金を支払おうとした時だった。 「あー、ちょっと待て」 「先輩?」 財布を取り出そうとした黄瀬を、笠松が制す。 「監督から預かってる。あ、念の為領収書とか診断書とかは全部とっとけよ。まぁあんまデカイ怪我じゃないけど、保険おりるかもしんねぇから」 そう言って丁寧に診断書やら領収書やらをまとめた笠松は、黄瀬に向かって右手を伸ばした。 「おら、立て」 「……ッス」 本当は必要ないのだけれど、黄瀬はおとなしく笠松の右手を掴んで起き上がる。 「有難うございました」 「有難うございましたー」 受付の女性に礼を言い、再び学校へと向かう。 「先輩よく分かったっすね」 ふらふらと歩きながら黄瀬は口を開いた。 「何が?」 「いや、なんか、俺の膝がイカレてるって」 「あー…。まぁな。試合後立てなかったくらいだし……キセキの世代の技をコピーするってことはそんだけ負担がかかるんだろ。なのに筋肉痛だけで済むはずはないって思ってたからな」 「へぇ」 さすが先輩。そんな目で笠松を見る黄瀬に、笠松は思わず頭を抱えそうになる。 こいつはどれだけ無自覚なのだろうか。ちょっと考えればわかる事だろう。黄瀬がこんなではこの先が思いやられる。もっと自覚を持ってもらわなければ。今では黄瀬は立派な海常のエースで、キーマンなのだから。 笠松は黄瀬にもっと自覚を持つように促そうと決意をする。しかし同時に、この何もわかっていないところが黄瀬の美点でもあると思う自分がいるのだった。 そもそも、青峰攻略のために無理をさせたのは自分たちだ。あの時の判断は間違いでなかったと思っているけれど、ほんの少しの罪悪感が今も笠松の心を苛んでいる。 「へぇ、って……お前なぁ」 誠凛に負けてから、黄瀬は随分と練習熱心になった。最初はどこか孤立しがちだったのに、最近では常に部員の誰かと笑い合っている。バスケを心から楽しんできている、そう思い微笑ましく思っていた。 黄瀬はキセキの世代として、様々な人間に色眼鏡で見られてきたことだろう。モデルと学生生活を両立させることすら難しいのに、そこにバスケが加わっているのだ。黄瀬の努力と疲労は相当なものだったに違いない。 そんな数々の努力を見もせずに、「才能だから」で片付けてきた自分たちが、勝ちたいからと黄瀬に頼る。黄瀬は笑って頷いていたけれど、笠松はどこか申し訳ない気持ちになったものだった。 本当ならば先輩として後輩を引っ張って行きたかった。けれど、潜在能力も実力も、何もかもが黄瀬の方が上なのだ。悔しさ、羨望、嫉妬、心の中を巡る様々な思いを信頼というオブラートに包んで笠松は彼に全てを託した。黄瀬は精一杯それに応えようとしてくれた。その結果の、故障だ。 申し訳ないと思わないわけがない。けれど、申し訳ないと思うのに、黄瀬はそれに気づかない。 だからこそ救われるし、救われない。 「お前は気づいてなかったかもしれねぇけど、試合後の練習メニューは柔軟とか、体幹とか、バランスとか、そっち方面のにしてたんだぞ。監督もお前のこと見張ってたし」 笠松は少し上にある黄瀬の頭を軽く叩く。 金糸の髪はひどく柔らかく、肌に馴染んだ。こんなところもモデルだなぁと笠松は思う。 「お前はウチの大事なエースで、キーマンだけど、まだ高一なんだ。身体だってできてねぇ。無理させた後は、気を配るのは当然だろ?」 言えば、黄瀬は眉を寄せ、困った様に笑う。 「俺って、結構大事にされてたんスね」 なんか、変な感じ。腰の当たりがむずむずする。 そう呟く黄瀬に、笠松は苦笑する。 「そこは素直に有難うございますって言うとこだ。ボケ」 「アリガトウゴザイマス」 「おう」 モデル台無しの、苦虫を噛み締めた様な顔で言う黄瀬に笠松は鷹揚に返す。 「とりあえず、絶対無理はすんなよ。膝は癖になるとやっかいだぞ。二週間は運動って名前がつくのは全部駄目だ。あと、柔軟もやりすぎると筋痛めるから、柔軟は部活で、監督がいる時だけにしろ」 「ッス」 今度は素直に頷いた後輩に、笠松はもう一度その髪を撫で、その幼いながらも逞しい肩を軽く小突いたのだった。 [Box] |