バージンロードってやつだ


先程からわたしの目はバツ印だらけのカレンダーをうつしたり、まるい時計の長針と短針をじっくりと確認したりで、大忙しだ。ふたつを交互に見やって、にんまりとするその頻度は、どれくらいだろう、一分ごとぐらいかな。それぐらい、今日は待ちに待っていた日だった。なんて言ったって、ディクシアさんが長いおしごとから帰ってくるんだ、うれしくてうれしくて、いまにも叫んでしまいそうなぐらい。心臓も一目散にうれしがって、とくんとくんといつもよりはやく鼓動を刻んでいる。

帰ってきたディクシアさんは、きっとまた、血まみれなんだろうなあ、血の匂いはまだあんまり慣れていないけれど、前に、ディクシアさんもなまえはあまりこの匂いには慣れて欲しくないなと言っていたから、多分これでいいのだ。床の掃除をして、ご飯をつくって、ゆっくり休ませてあげよう。頭のなかは、もう既にディクシアさんにしてあげたいことでいっぱいだ。

そんなことをそわそわしながらもんもんと考えていたら、ずうっとまちわびていたドアの開く音が聞こえた。ほそい隙間からぼんやりと見える白とうすむらさきで、心臓はおどるおどる。まだふにゃりと緩んでいる頬をてのひらで軽くぱちん、と叩けば、ディクシアさんのおかえりをまついつものわたしの顔に戻っているはず。

「なまえ、なまえ、ただいま」
「ディクシアさん!」

おおきな白色にひっしりと抱きついて、ディクシアさんを再確認してみる。フォフォ、と独特な笑い声を漏らしてわたしの頭をくしゃりと撫でるディクシアさんは、やっぱりわたしのだいすきな超人ハンターさんに違いない。

「よせなまえ、わたしはいま血まみれなんだ、服が、汚れてしまうぞ」
「ううん、いいよ、いいんだ」

元気とは言い難いはずなのに、まずわたしの服の心配なんかしてくれたディクシアさんに感激を覚えながら、そういうところがすきなんだ、と言わんばかりに腰に回しきれない腕をさらに奥にやったら、ディクシアさんの赤い瞳が、びっくりしたようにまんまるになって、わたしの目をじいっととらえた。うそなんてなにひとつ言っていない。わたしはディクシアさんの体を汚している赤い液体にだって恋をしそうなほど、なんだから。ねえ、をいった辺りで、もう一度響いたのは、ディクシアさんの笑い声だった。

「かわいい嫁さんだなあ、おまえは」
「あっ、で、でぃくしあさ、」

ディクシアさん、と言いきるまえに、ディクシアさんはわたしの背中におおきな手をまわして、ぎううと自分に押しつけた。超人なもんで、もちろん力は普通のひとより何倍もあるもんだから、すこしくるしい。けれどもきちんと手加減はしてくれているようで、その力加減もぬくもりも、どうしようもなく、いとおしくてたまらない。

それといま、わたしの聞き間違いじゃなかったら、嫁さんって、嫁さん、っていったのかな。そうすると、ディクシアさんはわたしの、旦那さん、ってことになるのかな。オメガさんのぎらぎらな赤い瞳をじいっと見つめながら想像してみると、うれしいような、恥ずかしいようなで、くすぐったくなる。

そういえば、いつもわたしがすきを言ってばかりだったから、こういう状況ってあんまりなかったような気がする。そう思い返したら急にはずかしくなって、ただふたりが抱き合っているだけの空間になってしまう。あんまりにもわたしが黙り込んでいたもんで、心配そうに呼ばれてしまった。

「…なまえ?大丈夫か?」
「ううん、なんでもないよ」
「よかった、体調は悪くないか?」
「うん、あー…」

ディクシアさんのうしろを見れば、だいたい予測はしていたけれど。歩いてきたであろう廊下がぽつぽつ赤い。先に掃除をしたほうがいいかな、血はやっぱり、こびりつくと落ちなくなるから。

わたしの視線の先に気づいたディクシアさんが、申し訳なさそうに「…すまない」と零した。しっぽも申し訳なさそうにたらりと垂れたのがかわいくって、これ終わったらご飯にしましょう、とばっちり決めたかったのだけれど、噛んでしまった。ああ、わらった顔、すきだなあ。


2020.10.01

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