3 ハルはたぶん自由になれなかったんだ。きっと凛と泳げば自由になるとおもっていた。けれど今日の泳ぎを見て私は思った。あれはいつものハルじゃなかった。ハルは結局自由になれてなんかいなかったんだ。 館内のいろんなところを探しても見つからない。走り回って疲れたことハルがソファーに座っているのを見つけた 『…はぁ、っハル!』 ハルは一瞬肩をゆらした。私を見たあと、またどこか一点を見つめてハルは話しだした。 「勝ち負けなんて、どうでもよかった筈なのに、あいつと戦えば自由になれると思ったのに。あいつに俺と泳ぐことは二度とないって言われたとき、目の前が真っ暗になった。あの時、もし凛が勝っていたら、こんな想いもすることは無かったのか…」 『…あの、とき?』 私にはいつのことか分からない。けどハルの話を黙って聞いた 「凛はオリンピックの選手になる為に泳いでいる、じゃあ俺は何の為に泳ぐんだ…」 自分のため、自由に。それがいままでのハルだった、それでも今回凛と勝負する為に泳いだ、そうして負けてしまった。遙くんの髪から水滴が落ちた、それはまるで涙のように頬を伝い流れて行った。無気力になった遙くんの腕を掴めば、彼は驚いたように私をみた。 「秋羅…」 『ハルが泳ぐ理由、私が見せてあげる』 「っ!」 人の為に自分が変われるとわかったんだ。今私たちの良き理解者であり大切な友人が泳ぐ姿をハルに見せたい。その腕を引きながらプールサイドまで走る、徐々に太陽の光を浴びることができて、明るい空が見上げられる、プールで大きな飛沫を上げながらバックで泳ぐ真琴の姿と客席へから聞こえる真琴を応援する皆の声がする。ターンを泳ぎ皆の声もさらに大きくなる、ゴールをした真琴は2位に終わった、あと少しで決勝へと進めた程早いタイムでゴールできた彼に拍手を送る。 プールから上がった真琴が私たちが見ていたことを気がついたようだった、その表情は安心していた。それから渚、怜くんは懸命に泳いだが皆決勝へ進出はできなかった。みんなの泳ぎを見届けた後、私はハルに声をかけた。 『自分の為に泳ぐ理由を失ったのなら、誰かの為に泳いでみても良いんじゃないかな…』 「!」 『・・・って、水泳を諦めた私が偉そうだよね』 「…いや、」 そうして私は明日のことを告げようと口を開いた。 『ハル』 呼ぶ声にハルは私を見つめていた、その時風が吹いた、二人の髪を揺らすのだったまるで心を落ち着かせるんだと言うように。一呼吸置いて遙くんに告げる。 『勝手にね、エントリーしちゃったんだ、明日のリレーに。本当に勝手なことしてごめん。勿論、ハルの気持ちがあると思うから無理にとは言わない。』 驚いた瞳をしたまま私を見つめる、まさか勝手にエントリーしていたとは考えてもいなかっただろう。無責任な話だ、前日になって告げる私もどうかと思う。 『見たいんだ。もう一回、みんなとリレーを泳ぐハルの姿を』 「!」 『答えはいつでもいい、無理なら棄権することもできる。全ての決断はハルに任せる』 「…わかった。」 ハルは私に背を向けて、歩いて行った、どこへ行くのかはわからないけれど、その背中を追うことはなかった。ハル一人にしてあげようとその背中を見届け、私も皆の元へと戻る。 すでにあまちゃんや笹部コーチは帰宅して居た様子で皆が集まっている時、私が戻ってきたことに気がついた渚に抱きしめられたのだった、何が起こったのか、何があったのかわからず、驚いていた。 「ありがとっ、あきちゃんっ、」 ありがとう?私は何かしただろうか、体を離して微笑みながら渚は私を見つめていた、渚くんだけじゃない、真琴も怜くんも。理解できていない私にコウは声をかけた。 「ごめんなさい秋羅ちゃん、私思わず言っちゃって…明日のこと。本当は先輩から皆に言った方が良かったのに」 明日リレーにエントリーした事をコウは皆に告げていたのだった。こんなギリギリに伝えて「ありがとう」なんて、皆は優しすぎる。 『私こそ、ごめんね。勝手に私のわがままでエントリーしたんだ。それに…もっとはやく伝えるべきだったのに』 そう俯く私に真琴が私の頭を撫で微笑んだ 「そんなことないよ。秋羅は俺たちがリレーをやりたい気持ちがあるのを知っててくれて、それでもハルは否定すると思ったから言えなかったんだろ?」 ああ、すごいなあ、真琴は。本当になんでもわかっちゃうね?と笑うと照れながらも微笑んだ 「俺たちは泳げるなら泳ぎたい、皆と一緒に。」 「僕も!」 「勿論、僕もです!」 「ハルは知ってるの?」 『今、伝えて来た。全てはハルの判断に任せるって、』 「ハルちゃん、泳いでくれるかなぁ…」 「わからないけど、ハルの答えを待とう!」 皆は真琴の言葉に笑顔で頷いた、遙の答えはまだわからないけれど、待つしかない。 「よぉし!そうなればレイちゃん!!明日リレーに泳げるように引き継ぎの練習しよう!!」 「はっはい!!」 「それなら私も付き合う!」 「なら俺もっ、」 「マコちゃんは…」 渚は真琴を見つめ、躊躇いながら告げた。 「マコちゃんはハルちゃんの答え待っててほしいな、あきちゃんと一緒に」 「渚…」 僕たちが居たら、ハルちゃん無理して泳ぐって言いそうで…まぁハルちゃんの性格だから無理して泳ぐことないけど、でも空気読んでっていうか…今回はそれじゃ嫌なんだ !ハルちゃんが僕たちと泳ぎたって思ってくれてるなら泳いで欲しい…二人が居たらハルちゃんも本音で伝えられるかなって…」 照れながらも真面目に伝えた、普段ムードメーカーな彼の本気は私たちにまでも伝わった、この4人で泳ぎたい、本気で泳ぎたいのだと。 「渚くんってたまには良いこと言うね!」 「たまにはってひどーいゴウちゃん!僕はいつでも真面目だよぉ!?」 「でも、確かに今良いこと言いましたよ渚くん。僕もなんだか燃えてきました!!」 「よぉーし!レイちゃん!ゴウちゃん!練習行ってこよぉー!」 |