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 神父は時に殴り、時に鞭打ち、時に炙った。
 そして雑に犯し、丁寧に犯し、時に神父自身を犯すことを望んだ。そう望まれた時少年は、神父のあそこに腕を突っ込まされた。少年の細く白い腕があそこを出入りする、ひどくグロテクスな光景。常軌を逸した性癖だった。
 しかし狭い箱庭のようなこの孤児院の中で、逃げ場などはない。
 幼い子供たちは、擦り込みのように思い込まされる。ここから逃げる、術などはどこにもないと。否それ以前に、逃げよう、などという思考が生まれない。この孤児院はそんな環境だった。
 少年も、だいちゃんも、他の子供たちも、その身体に傷がないことなどなかった。
 ひどい折檻は日常であり、そのなかでもだいちゃんは反抗的で、よく傷を膿ませては併発する熱に苦しんでいた。
 それでも、日々は続く。子供は成長する。
 だいちゃんも少年も、ひどい栄養状態の孤児院のなかで、よくもそれだけ育ったと目を見張るほどに、立派に育った。ただタッパに比べ横は平均を下回り痩せてはいたが。
 しかし箱庭のなかである。育ったのは身体の方ばかりで、精神は歪に、不安定にしか、育ってはいなかった。
 14歳にもなれば、少年にも、十分にこの場から逃げ出すだけの脚は出来上がっていたはずだ。しかし擦り込まれ続けた箱庭のなかの常識は、その可能性を少年に掴ませない。そういった選択肢があることを、少年は、はなから知りもしないのだ。それは子供たちの誰も一緒である。だいちゃんでさえ、ただの一度もその大きくなった拳で、神父を殴り返すことはなかった。殴り返せる拳があるということに、気付けない、気付かせない、環境だったのだ。歪で、歪で、いびつで、吐き気がするほどに、歪んだ小さな小さな世界である。
 神父が少年をまた呼び出す。たえずこの数年間、繰り返され続けた光景だ。少年の無に抜けた表情、それをだいちゃんが打ちのめされた表情で見送る。
 少年とだいちゃんが、ふたりで小さな毛布を分け合って、互いに身を寄せ合って、涙を流した夜は数え切れないほどあった。身体を内から壊されるような行為に震えの治まらない少年と、深く抉られて血と膿みと熱を発するのをやめない傷口を抱えただいちゃんが、互いをどうにか包んであげたくて、抱き締め合って、けれどなにも術がない(そう思い込まされた)ことに心が悲鳴をあげて。我慢をとうに飛び越して。
 神父の私室へ消える背を見詰め続けるだいちゃんの視線はいつだって非情にも、無情にも成す術無く、重い扉の向こうへと遮られる。
 それをだいちゃんはいつも、何時間だって、たとえ他の神父に引っ立てられて殴られたあとにだって、いつまでも、本棚の隣に座り込み続けて待った。
 扉の向こうから少年のどんな叫びが聞こえてきたって、その場から身動く術を知らず。膝を抱えてただただ待ち続けた。

 そして季節は冬のことだった。少年はただ、今日もこの部屋の扉が見える本棚の影で座り込んで待っているだろうだいちゃんのことが気掛かりだった。外は雪をチラつかせている。いつものように大小さまざまな傷を抱えただいちゃんが、この寒さのなかで凍えてしまわないかと心配だった。
 そんな、思わず一瞬だけ扉の向こうを気にかける所作を見せてしまった少年に、神父は眉を吊り上げて迫り寄った。
――目を反らしていいと言ったか!
 唾を飛ばしながら激昂する様子に、少年は"今日はこのタイプか"、と察する。神父は何重人格か、と疑いたくなるほどにその時々で行為の質が違った。
 折檻用の鞭を振り上げた神父が強かに少年の身を打つ。
――畜生風情が衣服を纏うことも私は許していないぞ!
 衣類を纏うなぞそのような高尚な知恵が畜生にあるものか・・・そう言う神父の瞳はヌラヌラと欲望に湿っている。目を逸らすことも許されず、だから少年はその気持ちの悪い瞳を見詰めながら衣服を脱ぎ捨てた。晒された裸体、数多もの傷をこさえながらも、尚美しさをもつその身を見回して、今日も始まる。ぬっそりと口角をあげた神父が、もう一度鞭を振り上げた。

 投げ出された四肢にはもう、僅かの力も籠らない。
 長い長い行為の末に放り出された少年の裸体が、暖炉のあかりに照らされて淡く赤く浮かび上がっていた。その光景にまたエクスタシィを感じ取り極まった神父は、この自らの作品を完成させようと思った。自らの所有物、自らの、モノ。持ち物にサインを書き込むように、自身の証を書き入れようと。
 それにこの暖炉の緋色は、ひどくおあつらえ向きのように思えた。おもむろに暖炉のなかから、神父は真鍮の取っ手の火掻き棒を取り上げる。薪の中に埋まっていた棒の先はL字に曲がり、いかにも高温そうに、蜃気楼をだしている。
 身動くこと出来ない少年の身体に、その胸に、神父はそれを、押し付けた。
 もう枯れたと思っていた悲鳴が、途端に響き渡る。肉の焼けこげる匂い・・・その不快な匂いを嗅いで、神父は恍惚と目元を蕩けさせる。
 棒先を一旦離し、そして再び角度を変えまた押し当てる。ジュゥ、と人の身からすべきでない音が鳴る。悲鳴は裏返り、とうとう音すら発しなくなる。痙攣するように身がのたうち、それでようやっと神父は火掻き棒を少年の身体から引き離した。
 少年の胸元には、爛れた緋色の肉を晒した、歪な十字架が出来ていた。
――嗚呼、これはいい、これはいいねえぇ!
 頬を紅潮させ、小躍りするほどに神父は悦び出す。少年の意識はあまりの痛みに遠のいて、今にも逸しようとしていた。・・・しかし、それを次の言葉が、許しはしなかった。
――うん、これはいい。これはいい。他のモノたちにも、してあげようじゃないかァ
 さもいいことを思い付いたかのような、頷き。
 少年の他にも幾人だかが、この神父の毒牙にかかっている・・・それは当然かもしれなかった。だってここは、外界の目の届かぬ、箱庭なのだから。そしてそのなかでも、少年はとくにお気に入りだった。
――っはは、アノ餓鬼にも、してやろうじゃないか。そうだ、反抗的なのもまた一興か。分からせてやろう、私のサインを書き込んで、そしてたっぷり愉悦を仕込んでやろう!
 少年の意識が、遠退き去りかけていた意識が、じわり、と舞い戻ってくる。
――いずれは君といっしょに、相手にしてあげよう。その時は君も、アレに教えてやるんだよ?
 暖炉の明かりばかりがほの赤く広がった、薄暗い部屋。その薄やみのなかに、神父のゆがみきった面相が浮かんでいる。
――君達はたしか仲がよかったねぇ、だから君もアレに教えてあげるんだ、イイことをね、そして君らが誰のモノなのかを!・・・・ひとりじめは、よくないものねぇ
 今度こそ、枯れきったと思っていた、声が。少年の喉元から地を這うように這い出した。
――だめだ・・・・っ、
 そんなこと。そんなこと。
 うまく物も考えられぬ茫洋とした状態で、それでも本能に近い根性でどうにか少年は身を起こそうとする。
 神父の指す"アレ"とは誰か。だれか!――だめだそんなことあっちゃいけない、少年はそう怨嗟を編み込むように小声で呟き続けた。
――だめ・・だめ、ダメだ、め・・・だめっ
 震える手足を、子鹿のように奮い立たせる。奇妙な笑みの神父に這いずり寄る。
――だめ!いけな、い。だめだめ、だいちゃっ・・は!
 もはや思考のないような状態であったから、だから故かもしれなかった。少年は、これまで可能性を思いつきもしなかった、"抵抗"というものをはじめて、していた。
 しかしそれはあまりに非力なものだった。
 かつてない様子の少年に、神父がおののいたような顔をする。ようやっと上体を起こすことに成功した少年を、無慈悲に脚で払いのける。
――ふん、お前に口出しを許したか!畜生の分際で!
 蹴飛ばされた身体が飛んで、少年の腕が神父の執務机の上をざらりと物を押し退けて跳ねる。万年筆のインク壷がひっくりかえり、少年の腕を汚す。机下に落下したペンが、置物が、ペーパーナイフが、・・・・聖書が。
 かみなど、いないのだ。
 少年は知っていた。神など、いはしない。いたとしてもそれは、人間が崇めるようなそんなご立派な存在ではない。神だってきっと相応に身勝手で、"神"という単語は別に特別なものでもなんでもない。
 だから崇めるべき神など、いはしないのだ。
 少なくとも、この流刑地には。十字架を掲げたこの世の最果てには、その存在をみせたことなど、ただの一度も。

 そしてそれは本能だった。
 精緻な彫り込みの為されたペーパーナイフ。それは少年の手のひらによく馴染んだ。
 ぎゅっと握り込まれ、紙を切るための鋭くはないまろみを帯びた刃が、その時ばかりは鈍く光って狂気性を帯びる。
 シルバーの閃光。
 ドス、と鈍い音をたてた一瞬で、刃はふかく、ふかく神父の胸元に突き刺さった。
 かけられたロザリオの鎖が千切れる。
 十字架が、真っ逆さまに、落下した。


 ――だいちゃん・・どうしよう、だいちゃん・・・・




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