涼介さん
/涼介さんリクエスト 
 火黄 友人同士の筈がお互い思いの他相手がタイプに思えうっかり一夜を共にしてしまう甘い裏
/甘い・・・・甘い・・・・・・?
/あんまり甘くないかもですすいません涼介さん
/交互にside火神、side黄瀬、と視点がコロコロしてます。




 ほんとに、断じて。
 そんなこと欠片も考えついてはいなかったし、それはもう予想外も良いとこだったんだ。
 茫然自失の態で俺はどうにか朝飯のチャーハンをこしらえた。どうやら作りすぎたようで、これは昼もチャーハンになりそうだった。
 湯気を捲し立てる大盛りの皿を手に、居間のソファに腰掛ける。
 いつもの位置、いつもの時間。変わらぬ手抜きのブレックファースト。
 ・・・なにが違う?なにか、変わったことなど?
 嗚呼、それがあるんだなぁ。一見なにも変わっていないかのような日常。しかし俺の心は不思議に浮き足立って、くうを彷徨っている。
 ――――さあ、どうしたもんか。



 飽く事なく、遅くなるまでコートの上を駆けていた。その日は特にだったかもしれない。なぜなら、二人きりで向き合い続けるストバス場にはいつものように遅くなりすぎた時間を注意してくれる者はいなかった。黒子から、そして青峰からも、前日と直前になって予定が合わなくなった連絡を受けていた。
 気付いた頃には、すでに夜はとっぷりと暮れていた。いつの間にやら街灯が灯っている。俺が弾いたボールがてんてんと明かりの袂の向こうへ跳んでいってそれでようやく周りを見回す余裕が出来た。

「ああ、いつの間にか遅くなっちまった」

 俺の独り言のような言葉に、汗を拭った黄瀬は携帯を取り出して確かに、と頷く。液晶の光を眩しく感じる。掲げて見せられたデジタル時計はすでに21時を過ぎていた。

「ボール跳んでっちゃったスねー。うわ暗ぁ・・」

 草むらの方へ迷い込んだ橙のボールを探しに、黄瀬が携帯をライト代わりに伸び放題の緑を押し進む。「気ぃつけろ」俺もそれに続いて、木々に囲まれて薄暗いなかへ目を凝らし侵入する。
「うへ、虫でそ・・」
「なに、苦手?」
「んー苦手っつか、ミミズとかキモイじゃないスかあ」
「情けねーなぁっと、あったあった」
 背を伸ばした草の影から、僅かに橙のてっぺんが見えた。それが見慣れた球形であるのを察して腕を伸ばす。このボールを片手だけで掴み取れるようになったのはいつだったか。それが出来た時は、妙に嬉しく、誇らしかったように思う。
「さっさと帰ろうぜ。あ、飯どうする?」
「どっかファミレスでも――っわ、!」
 こんな草むらからさっさと抜け出したい、と大股で一歩踏み出した黄瀬が、ふいに大きな声をあげて飛び跳ねた。マンガのような所作で肩をビクつかせ、裏返った高い声を出す。咄嗟のことで俺も驚いて、条件反射で黄瀬の腕を捕らえていた。
「どうした!」
 掴んだ俺の腕に黄瀬も縋るようにすり寄ってきて、慌てた様子で周囲を見回す。暗すぎて碌に見えないだろうが、必死になにかを確認する。もう一度どうした?と静かに聞くと、そっと黄瀬は見上げてきて、とても小さな声で「・・なんか降ってきた、から」と言った。
「なんか?」
 しかし言っている途中でだんだん騒いでしまったことが恥ずかしくなってきたのか、眉を下げて口をもごもごさせる。虫が・・とかなんとか呟いていたが、結局はなんでもない!と誤摩化して笑った。
 その時俺は、コートの方を照らす電灯の光がほんの僅かに、黄瀬の瞳に反射しているのに気付いた。そして、その瞳が潤んでいるということ。
 は、として。俺の先程までボールを掴んでいた手が今なにを掴んでいるのか。革のボールなんかより何倍も柔くて、しなやかで、なめらかなもの。
 俺がそれに気が付いたと同時、黄瀬もこの空気を察した。俺たちの今触れ合った身体の体温。お互いが全く同時に、それを意識したことを悟る。
 コチン、と固まったように俺たちは息も忘れた。
 ――なんだ、これは。
 そう思いながらも俺は、なかば無意識で口を開いていた。もう一度尋ねる、
「・・・飯、どうする?」
 それはどんなつもりの問い掛けだったのか。
 ただこの場の空気を誤摩化そうとしたものか。それとも。
 黄瀬は、うん、とだけ頷いた。



------



 初めてくぐる玄関。初めて通る廊下。初めて足を踏み入れるリビング。
 その、どれをも。俺は碌に見もせずに通り過ぎた。視界を今埋め尽くしているのは、ただ彼ひとりだった。
 息の音だけが聞こえる。なにもかも初めてのこの空間で、その荒んだ吐息だけは
聞き覚えがあるような気がしていた。試合ともなれば意識もしない、彼の興奮に跳ねた呼吸だ。
 電気も付けぬままの暗い室内で、それでも彼の頭髪の赤みが目に入る。その赤色が証明している。目の前の男は彼だ。火神、そんな男と今自分はなにをしているのだろう。

「ん、っは、ぁ・・んむ」

 呼吸と、その合間に漏れる唸り声と・・・溜め息のような、喘ぎ。
 これ以上ないほどの熱を分け合って、ふたりは今口付けを交わしていた。
 嗚呼、俺たちはなにをしているのだろう。
「は、ちゅっ・ん、ぁ」
 辺りに気を配ることも出来ずに、縺れ合うように室内を横切っていく。幾度か家具にブチ当たりながら、辿り着いた奥の扉の前でほんの一瞬だけ、唇が距離をとった。
 息をひとつだけ。吸う。俺の背後に迫った扉が果たしてなんの部屋の扉であるのか。
 俺は知らないけれど、けれども分かってはいる。
 静かに取っ手が火神の手で捻られて、ゆっくりと背後に空間を表す。凭れていた扉の代わりのように、逞しい手腕が俺の背へと回った。身を、任せた。
 初めて境界を越えて、入り込んだ彼の寝室。

 こんな事って、誰が想像しただろう。予想しただろう。
 少なくとも俺は、こんなことになるだなんて欠片も。断じて、僅かも。

 その晩俺が覚えたのはただその寝室のシーツの色だけだった。
 それ以外はもう、
 もう、溶けてしまったのだ。



------



 甘い声音が時折漏れる。それが耳をくすぐる。どうしようもなく鳥肌を掻き立てられた。骨髄までが興奮で粟立ったのが分かった。碌に動いてもいないのに息があがる。空気を求めて、そして欲情で僅か鼻の穴が広がっただろう。自身が今獣に成り下がろうとしているのがありありと分かった。――そしてそれが、そこまで悪い案だとは思えない。

 俺の、少しだけ伸びた前髪が黄瀬の額に降り掛かる。濃い赤がまっさらと白い額に。その変わりのように黄瀬の金髪は重力に従いサイドに落ちていた。
 手を伸ばして、その金髪を綺麗に整えて耳に掛ける。額は丸裸となった。そしてそこを俺の堅い髪の毛がくすぐる。伸し掛かって上から見下げる黄瀬は、どこか幼く、そしてやっぱり綺麗だった。
 こいつがほんとうに綺麗な男だって、俺はずいぶん前から気付いているつもりだった。しかしこれまで俺はその表面だけしか見れていなかったのかもしれない。いまようやっと、この男の奥の方までを見通せたような気がしている。綺麗なのではなく、それは美しかった。
 無骨な手指で額をなぞり、頬をなぞった。そして顎。唇。僅か湿っているのは、興奮からだろうか。漏れる吐息が芳醇な色彩を放っている。それに近付きたくなるのは当然のようで、そして俺たちがここでキスをしっとりと交わすのも、当然のようだった。
 ゆっくりと唇を押し当て、互いの呼気を感じ取る。少しだけ開いた口唇の、隅々までを舌で辿ってそして内へ入り込む。ことさらゆっくり。
 唇の、内側。一番柔らかくてなめらかなところ。丹念に味わった。ジューシーな鶏肉のように肉汁が・・旨味のつまった唾液が溢れてくる。その泉をくすぐって、並びのいい歯を越えた。
 隙間なくぴったりと合わさった唇に、安堵の息が鼻から漏れる。恍惚とするほどの心地よさを俺たちは確かめ合った。
 舌を絡まり合わせて、柔らかい口内の肉を吸う。特にきゅっと、黄瀬の舌を強くすすってやると目の前の身体は感じ入るように肩を窄めて俺に縋ってきた。そしてお返しのように甘噛みされた唇。
 自然と互いの手は伸びて、汗を吸ったTシャツが捲り上げられる。
 熱くて、あつくて熱を発したふたつの身体。これ以上なく昂っていることが触れ合うだけで分かる。黄瀬の指先が俺の肩甲骨を引っ掻いて、それだけの事が俺の全身を震わせる。邪魔になったシャツを豪快に脱ぎ捨て、黄瀬のめくれたシャツにも手をかける。するすると露になってゆく白い半身。臍の窪みに沸き上がる欲を感じて、当然のようにそこへキスを降ろした。
 そして腹筋、胸、鎖骨。きれいに凹凸した鎖骨の骨を食みながら、晒された胸元へと両手を這わせる。さらり、と撫でたところで手の平に引っ掛かる感触。横目で見れば、そこにはもうとうにたちあがった赤い乳首が。激しく奔流する情動を押さえるように鎖骨に歯を立てた。今にもむしゃぶりつきたいのを我慢して、ゆっくり。ゆっくり。その小さな蕾を育てていくように、確実に硬度を高めていく。親指と人差し指で挟み込んで、捩るように摘むことを繰り返す。

「ぁ・・ん、んぁ」

 胸を反らせながら腹筋を戦慄かせて黄瀬が声を落とした。心地良い音色。唾液をたっぷり含んだ舌で胸の辺りを舐め回しながら、それだけを俺は耳に聞き取った。
 ぴんとたちあがった乳首。弾くように爪先ですると、「んん、」と悩まし気に眉を垂れ下げた黄瀬が物欲しげに腰をひくつかせる。
 そこが、さわってさわって、と甘えてきているように、俺には思えた。

「アッ、ぅ――!」

 不意打ちに驚いたように尻が大きく一度跳ねて、それを俺はどこか楽しくなって押さえ付けた。震える下肢。動き易いスポーツウェアは俺の手も容易くその内側へと進入させた。ほどよく筋肉と脂肪がのったすんなりとした脚。それを下から撫で上げるように手をなぞらせて、袂の広いハーフパンツを股関節にまでまくりあげる。あらためて今の黄瀬の姿を見下ろすと、捲れ上がったシャツにズボンにと、それはもうあられもない姿だった。控えめな舌なめずりをして、羞恥や快楽――そして待ち遠しいものに震える黄瀬を宥めるように静かに撫ぜてやる。額から、頬へ。首を辿り胸元、さらうように乳首を弾いて、腹筋、臍の窪み、股関節に、まっしろな太腿。
 ゆるやかに、そこを重ね合わせる。黄瀬の捲れたハーフパンツのなかで窮屈そうにたちあがったそれと、俺のその場所。布越しでも分かる圧倒的な熱量を重ねて、ぐりぐりと突つき合う。
 時折上手い具合に気持ちいい所をお互いのそれに抉られて、より一層に熱い吐息が漏れる。腰を揺らして声を漏らす黄瀬にもう一度伸し掛かると、今度は我慢せずに噛み付くように熱い舌を胸の頂に降ろした。
「あぅ、は!・・ぁん、っふ」
 すっかり敏感になった乳首を、飴玉やチェリーのように口の中で転がす。それに合わせ声を上げる黄瀬がひどく色っぽかった。赤らんだ頬や身体の至る所が、暗がりのなかにそれでも鮮烈に浮かび上がっている。
 腰の動きがより性急になり、そして布越しの擦り合いというもどかしい刺激に我慢出来なくなって、ふたりほぼ同時にお互いの下肢に手をやると無心に擦り合わせだした。獣のようで、とても青臭い行為だ。そんなこと分かってはいても、この激情には逆らえそうもない。激しさを増す呼吸音。掠れた声がふたりから漏れて、興奮が頂点に達しつつあることが分かる。

「あ、あ、ぁあ、っ!」

 黄瀬が大きく跳ねるように腰を上げて、爪先をピンとそらした。それと一緒に黄瀬の手にぎゅっと力が込められて、俺のものを締め付ける。震えてぐしょり、と下肢を濡らす黄瀬を追うように、俺も下着の中に勢いよく汁を吐き出した。
 それでも、落ち着く暇はなく、反対により余裕をなくした動作で黄瀬も俺も下肢に残った衣服を取っ払った。
 姿を見せた互いの雄は萎える兆しを見せず既にたちあがっている。俺はサイドボードを乱暴に漁って、奥の方からローションを取り出す。日本に来てからは色々他にありすぎて、なかなか出番のなかったものだ。使用期限なんかが僅か気になったが、今はそれどころではない。中身をぶちまけるようにすべてひねり出して、黄瀬の下半身をテカらせる。より気分を高められる光景に手を這わせぬめりを塗り広げながら、さいごに辿り着く場所は決まっている。黄瀬も、待ち構えていたかのように俺がそこへ触れた瞬間、きゅっとひとつ収縮してみせた。
 皺を辿るようにまず撫で、揉み込んで、柔くなってきたところへゆっくりと人差し指を。息を呑むように一瞬腰を跳ね上げる黄瀬をキスを贈ることで宥め、ぐるりぐるりとはじめて侵入する黄瀬のそこを人差し指で丹念に探索した。
 肉壁は指に吸い付くようにしてその侵入してきた異物を歓待して、奥へ奥へと誘う。誘われた先、僅かばかり感触の違う場所。そこがどんなところであるか。黄瀬も、俺も、きっとわかっている。待ち望んでいる溺れるほどの悦楽がそこに埋わっている。
 中指を加えて挿入しぐっと力強く律動させる。強く押された痺れのスイッチに黄瀬はあられもなく声をあげて陥落した。

 その声に、俺も今夜がひどくながく、あつくなることを確信する。
 止めることの出来ない衝動が、その時抗いを許しもせずに、火神の身を劈いたのだ。



------



 溺れるほどの熱が身体の中を揺らんでいる。マグマのような流動し続ける欲望。落ち着きのない、激しさを増すだけの快楽。
 言葉に出来ないほどに俺たちは夢中だった。
 目の前の男の赤い髪の毛に縋る。逞しい体躯に抱き締められて、こうやっていっしょに高まっていくことに途方もない安寧を感じた。それとともに形容し難いほどの激情を。

「あ!っア、ぁうっん、ん!」

 自身の喉元から嗄れた喘ぎが漏れて、そして汗を迸らせた火神は一心にこちらを見詰めては、時折とても男臭い唸り声を発した。
 鳥肌がずっと治まらない。どうしようもなく熱いのに、寒気がするほどの凄まじい快感も感じる。ぐしゃぐしゃになって合わさったふたりの下肢は、すでにどれがなんの汁なのかさえ分からない。自身が今まさに射精している途中なのかどうかも。まるで絶えずずっと、オーガズムに至っているようにも思える。
 それだけ。それだけ激しく。愛欲に満ちていた。
「はぁ、あァんっひゃ、ひ、ん・・っ」
 火神の大きく太い情熱が俺のナカを出入りして、擦り上げ、抉り、引っ掻き回す。
 眉根を寄せてギラギラ目を輝かせた、見たこともないオスの顔をした――友人、が、今目の前にいる。浅ましくも懸命に腰を振って、俺を悦の奈落に突き落としている。
 汗ですべっては何度も縋り直した逞しい首元が。そして背筋の凹凸が。それらを指先で辿るだけでも、俺は痺れてしまうような心地がした。

「ぁは、っんぅ、ア、あっは、」
 縋る手を離せない。揺れ動く腰を止められない。目を、逸らせない。
「く、っはぁ!・・っ、ウ、」

 涙が零れるのが分かった。それでも瞬きすら惜しむように俺たちは見詰め合って、また一層の波がやってくるのを覚悟する。
 身体の――心の奥底から震えるような、大きな波。はくはくと言葉にならない声を涸らしながら呼吸して。痙攣のように俺の身体はがくんと揺れた。
 それでも、火神も俺を離さない。ぎゅっと抱き締めて、より奥へ奥へと抉り込んでくる。
「あ――ッ、ァ、あ・・・っ!」
 うまく射精出来たかもわからない。震える腰も止まらない。次から次へと新しい大波が何度だってやってくる。考えられないくらいに長い絶頂。意識を飛ばしそうになりながらもどうにか現に縋り付いて、目の前の身体の熱を感じ取る。
 これを離してしまうのが、どうにも惜しかった。
 この時俺は、この熱が永遠に続くものだと、まるで小さな頃読んだ夢物語ほどに純真に、妄信していた。
 不思議なものだ。複雑な凹と凸が完璧に合わさるように、妙にしっくりとこの熱気を俺は受け入れていた。
 火神が腰を大きく揺らして奥を突く。甘くてとろんだ俺の声が漏れる。耳にするのも恥ずかしい、欲にまみれた喘ぎ。誰にも聞かせたくないくらい、はしたない欲望。それでもどうしてか、火神に聞かれるのだけは、悪くはないと思ってしまった。
 この声を聞いて、火神にも熱く欲情してほしいと、その時、願ってしまった。



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 ようやく力つきて、激しい交わりにベッドから落とされていたシーツを拾い上げ纏ったのはすでに深夜も深まりすぎた頃。
 黄瀬は意識を失うように大きくうち震えて射精も出来ずに登り詰め、そしてぱたりと落ちるように眠りにつき、それに俺も疲れ果てて続いた。見慣れたダークグレーのシーツのなかに黄瀬が埋もれている。すべらかな裸体を晒して。
 それを落ちて来る瞼が完全に閉まりきる寸前まで眺め続けて、そして次に気が付いた時にはもう。目の前にいたはずの身体はそこから消え失せていた。

 だるい腕を伸ばしてシーツをさする。手繰り寄せて撫ぜた布地に、確かに居た筈のあいつの残滓はもうなにもなかった。
 体中が重たくて、バスケをしていては滅多に使わないような筋肉が僅かに軋みを訴えてもいた。そしてシーツに擦れてはわずかにぴりりとした痛みを発する膝小僧。行為に熱中しすぎて膝に擦過傷を作るだなんて、はじめての事だ。なんて馬鹿なんだ、と自分を笑ってやりたかったけども、今はなにも考えることすら出来ない。
 のろのろとシーツを辿って、どうにか、"なにか"を探す。
 あれは真実だった、という証拠。数時間前までここにあったはずの、あの熱量。
 指先がふいになにかに擦って、その乾燥した感触に俺は"なにか"を見付けたことに安堵し・・当惑し・・・寝覚めで冷えた身体にじわりと熱が戻って来るのを感じた。
 黄瀬が吐き出して、そしてここへ忘れていったあいつの欲情。白濁のとろりとしたものだったそれは、今はもう乾いてシーツにこびり付いてしまっているだけ。そう、浅ましくも布地にしがみついているだけの、まるで昨夜の黄瀬のように必死な。
 そして、俺のように青臭い。

 遠目の床に、落ちている携帯を見付け、それをゆるゆると拾い上げる。何件かの溜まったメール。ライトが点滅しそれの開封を訴えていたが、俺はすべてを見過ごした。
 着信履歴。一番上の。昨日、約束の前に、黒子が来れなくなったことを待ち合わせ場所へ向かいながら黄瀬に電話で知らせた。別に会ってから教えてもよかったが、俺はあいつとの電話が嫌いじゃない。
 結局、なんのかのと話し続け、落ち合うまでずっと通話を続けていた。待ち合わせ場所でふたりして携帯を耳元に鉢会った時は、なんとなく、気恥ずかしくあった。
 青峰は前の日の時点で、学校の都合で来れなくなっていた事をすでに黄瀬から聞いていた。ふたりきりだって別に、抵抗はなかったし、一日がきっと楽しくなるだろうことを、俺は疑いもしていなかった。
 黄瀬はいい奴だから。素直で、真摯で、強かで。そして人に対して分かり難くもやさしくて、情が厚い。友人として、きっとなにより心強い。俺は奴を好いている。いっしょに居て楽しいことなど、とうの昔に知っていた。
 昼飯を食って、ストバス場に向かいながら軽くウィンドウショッピングをして。そしてお約束のように肩にかけたバックからボールを取り出した。挑発的なべっ甲の瞳・・・青峰とも、黒子とも違った輝きはいつも俺を鮮烈に突き刺していた。

 のろのろと寝室から這い出た俺は、だるい身体を引き摺りながら適当に冷蔵庫を漁る。日課。身に染み付いた習慣。野菜の切れ端と中途半端に残ったそぼろを取り出した。空きっ腹が空腹を訴えている。ぼぅとしたまま慣れたように包丁を手に調理を始める。

 ――――ほんとうに。だんじて。そんなこと(友情を越えたナニカなど!)欠片も考えついてはいなかったし、それはもう予想外も良いとこだったんだ。(俺は馬鹿だから。友達に向ける感情とそれとは違う感情の区別も、まだよく分からないんだ。あいつはすげえいい奴だなぁって、ああすげえいいなぁって思てることなんて、明らかだったのに。)茫然自失の態で俺はどうにか朝飯のチャーハンをこしらえた。どうやら作りすぎたようで、これは昼もチャーハンになりそうだった。湯気を捲し立てる大盛りの皿を手に、居間のソファに腰掛ける。いつもの位置、いつもの時間。変わらぬ手抜きのブレックファースト。・・・なにが違う?なにか、変わったことなど?嗚呼、それがあるんだなぁ。一見なにも変わっていないかのような日常。しかし俺の心は不思議に浮き足立って、くうを彷徨っている。さあ、どうしたもんか――――

 ――液晶をタップ。着信履歴の黄瀬の番号に触れて、ゆっくりと発信のボタンを押した。
 コールが重なる。きっと、きっとあいつは出るのだろう。やさしいあいつは余程の事がない限り着信を拒むことはない。今朝方までの出来事はその"余程の事"に当てはまるような気がしないでもないが、それでも俺には妙な自信があった。
 メロディが5つ6つと度重なる毎に、俺の身体の奥の方が熱を上げるのがありありと分かった。それがどうにも歯痒くて、恥ずかしくて、小声の英語でいくつかの悪態が零れ出た。まいった。まったく、参ったよ。
「ああ、まじか・・」
 あいつが電話をとるまでの、ほんの僅かな間。そんな間だけで、俺はこんなにも、動悸を起こしたように指先を震わせている。
 これは、きっともう降参するしかない。
 もう一度、観念したかのように、俺は「まじかぁ」と呟いた。
 そしてその時単調な電子音は途切れる。



------



 閉め忘れたカーテンの向こうが白んでいることを確認して、俺はシーツのなかからひっそりと脚を伸ばした。そして抜け出し、床に散らばったスポーツウェアをカバンに押し込んで、替えのTシャツに着替える。
 ちらり、と後ろを振り返ればうつ伏せにシーツに埋もれたこの家の主人の姿がある。逞しい肩甲骨と背筋が早朝の淡い光に綺麗に浮き立っていた。一瞬その熱すぎるほどの湿りを思い出しかけて、すぐさま目を逸らす。何も目に入れないように滑るように玄関から這い出て、ようやく一息。碌に部屋の位置も、家具の形もなにも覚えていない。けれども、あのベッドの深いシーツの色だけは、忘れること叶わず鮮明に脳裏に焼き付いてしまっていた。あの。シーツに。俺は恥ずかし気もなく欲望の数々を零してきてしまった。耐え難い羞恥が顔面に登ってくる。俺は逃げるようにマンションを駆け出た。

 逃げ帰ったアパートで取り敢えず風呂場に駆け込んで、引っ切りなしに浮き上がってくる今朝方までの熱い記憶をどうにか押さえ付けながら遅くなった事後処理を行なった。
 どろりどろりともの凄い量が俺の体内からは零れ落ちてきて、その匂いにも、濃さにも、俺はとにかく居たたまれなくなった。
 長い時間をかけて――俺はこれを注がれてしまったのだ。体内の、一番奥まって、そして秘められた場所に。
 その事を改めて実感すると、さっと肌には鳥肌が立って、そして身体の中はカッと一瞬で熱した。
 自身の穴のナカに埋まっていた指先が、震えて落ちていった。今の今までここには、あの熱杭のような男のモノが――――想像してはならない、思い出してはならない、あの生々しい感触を!ゆるやかに自分の前のモノがたちあがりかけているのをどうにか意識の外にやって、風呂場のタイルの冷たさを求めうずくまるように尻をぺたりと着けた。
 なんで、あんなことになったのだろう。
 彼は大切な友人だった。かけがえのない。やさしくて、強くて。あたたかくて、愉快で。
 他のどの友人たちともまた違う、関係だった。チームも高校も一緒じゃないけれど、どこか仲間のようで。同士のようで。
 ただ、俺たちが結んだ友情が少しだけ特殊な理由を、その原因を――なんとなく、気付いているような気は、していたんだ。ほんとうになんとなく、ああそうなんだろな、という程度で。

 俺はほんのちょっとだけ、人との関係の結び方が他とは違う。好きになった人はたとえどんな人だろうと(それがどんな職種でも、人種でも、趣向でも、性別でも)好きだし、嫌いな人は嫌いだ。そしてそれはそのまま、掛け値のない愛へもかわるのだ。特別な思い。身を焦がす愛情。それがなんて名前をしているか、俺は知っているつもりだ。たぶん恋しい、ってやつ。俺のその気持ちに垣根はなかった。俺にとってそれを向ける対象に、そう、性差など問題では――――そして火神が、そんな俺と少しだけ似ていると言うこと。
 なんとなく、気付いていた。彼を見ていて、同種を嗅ぎ分ける俺の嗅覚が反応したというか、ああ彼はきっとそうなのだろうな、と。ほんとうに、ほんとうになんとなく。
 ゲイだとかバイだとか、明確にこのセクシュアルを指す言葉などはまだない。もっとずっと、ふわふわした現状。クエスチョニング(自己の性別や性的指向を迷っている状態)とでも言えば良いのか、とにかく俺たちは未だ若く、惑っている途中だった。
 人と指向がちょっとだけ違うということを、ゆっくりと今受け入れようとしているときだったのだ。
 お互いに、きっとその似た空気を無意識にせよ感じ取っていたはず。
 だからふたりの間には、ちょっと不思議な仲間意識があったし、友人として、同士として、彼の存在をきっと逞しいと、心強いと感じていた。
 けれどもだからといって火神のことを俺がそういった目で見ていたかと言われると甚だ疑問で・・・だから、だからこそ俺は困惑し、居たたまれなかった。
 そそくさと辞して来た彼の部屋からずっと。胸の内で存在を主張する鼓動は治まることを知らない。そのことにより一層の葛藤を俺は抱く。
 火神は、たった一日前まで、ほんとうに、かんぜんに、ただ大切で心強い、 ともだち であったのに。
 なにか侵してはならない神聖な区域を汚してしまったかのような心地がする。彼と一緒にいるのは楽しくて、愉快で、そして穏やかでやさしい時間だった。それを俺たちは一挙に失ってしまうのだろうか。
 こんな、こんな下世話で、欲に塗れたたった一晩の出来事で。
 それとも――嗚呼心の隅っこでこうも願ってしまう、これまで思いもしてこなかったたった一縷の可能性、でもこんなことが、本当に有り得る?――無様な欲も不格好なはしたなさもすべて共有して、彼と俺とで新しい関係を・・・・だなんて。

 力の入らない四肢をタイルに這わせて、木偶のように茫然とした。俺が、今、なにを望んでしまっているのか。それすらもよく分からなかった。
 ノズルから滑り落ちてくるシャワーの温水。その音すらも聞き取れていない意識のなか、ふいに、劈くような電子音を聞いた。びくり、と肩を跳ねらせて漸く現実に戻ってきた身体で、ゆるゆる立ち上がって風呂場から抜け出す。
 脱衣所で脱ぎ捨てた衣服の山の中で籠った電子音が続いていた。点滅する液晶を探し当てて、今日の午後からの仕事のタイムスケジュールを思い浮かべながら画面を確認する。てっきり、マネージャーからだと。・・・しかし画面の四文字は違う名前を指していた。あの赤い頭髪を彷彿とさせるような、力強い漢字の名前。
 治まったはずの震えが一瞬ひどくなって指先に蘇った。走馬灯が駆け巡ったように、脳裏がその男の記憶で一瞬で溢れ返った。あたたかくて、情熱的で、そして。



------



 単調で場違いに軽快な電子音が途切れて、プツン、と電波が結ばれた音がした。そして沈黙。
 お互いこの電波の向こうにいるのが誰であるのか、分かっているからこそ、なかなか両者口を開くことが出来なかった。
 しかし電話をかけたのは俺の方である。意を決して口をつく。

「きせ」

 まるではじめて呼ぶ名前のように、それは堅くぎこちない呼びかけだった。
 自身の緊張をありありと自覚して、情けないなぁ、と自嘲する。どうやらまだ俺は腹をくくりきれていないらしい。ほんのちょっとの言葉にも、いやに慎重になってしまう。

「あー・・よう。家帰り着いた、か?」

 受話器越しに幾秒か逡巡するような間があって、そして戸惑うような小さな返答がなされる。うん、とだけ微かに届いた黄瀬の声音に、俺はそれを一音も聞き逃さないように、と音声ボリュームをあげた。
 ボリュームを上げた電話口は、あちら側の雑音もよく拾った。黄瀬が戸惑ったように鼻を啜った音。息遣い。僅かな衣擦れの音。フローリングに肌が擦れた音。
 そんな日常的で代わり映えないはずの音たちが、不思議に官能的で、そしていとおしかった。俺はせつなくなる。こんなにも些細なことに、俺は静かに感動している。
 そうなのだ。俺は観念しなければならない。降参して、諸手を上げてソレを迎え入れなければならない。――この感情を、ありのままに。
 ああ目の前で山となったチャーハンが冷めて、所在無さげに米粒を散らしている。俺はもう胸がいっぱいだった。溢れるほどのそれは臓腑まで圧して、普段の大食らいからは想像つかないほど胃がなにも受け付けなかった。
 きせ、きせよ、こんなにいっぱいのもの、俺ひとりでは食べ切れないんだ。

「朝飯、食ったか?」

「――そっか。ちゃんと食べないと駄目だぞ。俺はさっき、チャーハン作って食ってる、」

「うん、レタスとそぼろの。冷蔵庫の余りもん。作り過ぎちまって、これじゃ昼も夜もチャーハンになりそう。」

「はは、そうそう。俺でも食い切れないんだ・・・・いっぱいいっぱいで、さ、」

 なあ、きせ。こんなにも溢れる気持ち。なあ俺は、お前に、

「――――きせ、」

「おれ、いっぱいいっぱいなんだ。」


 俺は、お前に、
 恋をしたのだろうか?


 まだよく分からない。
 実感は薄いし不安定だし、ドラマや小説みたいな分かり易い興奮があるわけでもない。ここには、それは恋だよ!と天啓を授けてくれるありがたい友人もいないし、第一恋ってそもそもなんだろう。
 まだよく、分からないけれど。

 でも、それでも、

「なあ。一緒に食べてくれよ。」





------



 深い響きの声音が受話器越しに俺の耳内へと滑り込んだ。脳味噌をやさしく揺り動かすような、そんな響きだと思う。
 俺は戸惑った。戸惑っている。戸惑っている、はずだ。
 "彼が腕を広げて待っている"。そんなビジョンがありありと脳裏に浮かんでは、俺はそれをどうにか掻き消そうとした。半ば無駄な足掻きだと分かりながら。
 思わず隠した顔の火照りなど。自覚しちゃいけない。鏡に映った自分のほっぺが真っ赤だなんて。気付いてはいけない。
 こんなこと、かつては欠片も想像していなかった。

 でも、それでも、あなたが、



------



 通話を切った後、火神の口からひとつの言葉がするりと自然に零れ出た。
 それはどこまでも純粋な言葉だった。

「 I miss you. 」

 まるで祈るように、携帯を両手で握りしめて。




/あなたが、恋しいのです。


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