/ファースト・デイ

/ファースト・デイ
 the night

 さつきをホテルに送り帰ってくると、バスルームの方からシャワーの音が聞こえてきていた。靴を脱いで(いくらアメリカ生活が長くとも、これだけは譲れなかった)、バスルームを窺うと、棚の上には二人分の着替えが用意されている。リビングに人の気配もないし、一緒に入っているようだ。
 時刻を見ると、そろそろ子供の寝る時間、というのが近付いている気がする。それが具体的に何時くらいを指すのかを俺は知らないが、あまり遅くてもいいことはないはずだ。
 手持ち無沙汰でソファに収まっているのも座り悪くなってきて、もしかして怒られるかもな、と思いながらも冷蔵庫からビールを取り出した。クアーズの瓶。後味のほとんどないすっきりとした味を黄瀬が気に入っている。俺は最初そうでもなかったんだが、飲み続けていると影響されてか、今では風呂上がりのこれが定番になりつつある。それもオフ限定の話なんだが・・・。バスケットボールプレイヤーがビール腹なんてのは笑えないし、激しいスポーツにアルコールはあまりいい影響を与えない。
 シャワーの音が止み、風呂場の扉が開かれる音。脱衣所からの会話が聞こえる。扉越しで少し籠った、リビングに居る俺なんかまるで意識していないままの、聞き取り難い話声。
「逆上せなかったー?あがったら、ライムとオレンジのジュース飲もうっス!」
「らいむ?」
「そうライム。レモンみたいな、少し酸っぱい果物だよ。」
「レモン、好き」
「うん、桃っちに聞いてるスよー!明日は、レモンチーズケーキも用意してるからねー」
「やった。きーちゃん、ありがと!」
「いいえ〜」
 そう言えば今朝は早くから起き出して、何か台所で忙しくしていたのを思い出す。そんなもん作ってだんだなあ。
「よーし、拭けたかな〜?じゃあ、ばんざーい!えいっ」
「あはは、くすぐったいー」
「あー頭はそっちじゃないよ!そっちはお袖っスー」
「こう?」
「はい、よく出来ましたぁ。つきはズボン、ひとりで出来る〜?」
「出来るよ!ぼくもう4歳だよ」
「そっかそっか。じゃあ明日の朝の着替えは、ひとりで頑張ろうね!」
「うん。おかあさんがろさんぜろすで新しい服買ってくれたんだ。それ着ていーい?」
「いいよー。自分の服はね、自分の好きように着ていいんだよ。」
「ほんと?おかあさんが、これ着なさいっていうのじゃなくて?」
「おかあさんが選んでくれる服も大切だけど、自分が着たいと思う服も、大切なんだ。きーちゃんのお仕事、なにか覚えてる?」
「もでるさん?」
「そう、素敵なお洋服をいっぱい着るお仕事。洋服はね、その服の事を好きな人が着てくれたらより一層、素敵に見えるんだよ。」
「ぼく、あの服すき。」
「そう。じゃあ大切に着てあげようね。」
「うん!」
 脱衣所の扉が開く音がし、廊下をこちらへ向かってくる足音が続く。聞き慣れた黄瀬の足音と、そしてもうひとりのちいさな。ちいさな。


prev next









人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -