showdown
/ギャンブラー青峰×ディーラー黄瀬
/ポーカーの知識は欠片しかありません…
/青黄友の方のお誕生日記念に書かせて頂きました。
/※嘘峰



「オールチェック、4プレイヤーズ。」

 円卓に凛と響くその声音に、青峰は心の中でひっそりと口角を上げる。
 左斜め先の席に座した黄金の男、このカジノに積まれたいかなコインであろうと金塊であろうと、彼に敵うものではない。しかし彼はこの円卓ではただの日陰者であった。白熱した勝負に周囲に集まった見物客達がその熱い視線で注視するのは決して彼ではない、卓上に積まれたコイン、その行方のみである。
 見る目がない、なんて見る目がないんだろう――青峰は心の奥底でそううっそりと笑んで、静かに手札を確認した。
 タイトなベストを着込んだ彼が円卓を囲んだプレイヤー達を時計回りに見回す。その視線に促されるように、まず右端の男が"フォールド"を示す。
「フォールド」
 彼が確認するようにそう繰り返す。勝負から降りた男が諦めたように手札を投げた。
 その隣の男、
「・・・オールイン、」
 左の眉をぴくりとさせながら強気に出た男。左眉の痙攣は自信の現れ。長い勝負のお陰でその男の癖は把握していた。こいつは取るに足らない男である。
「80万、オールイン」
 彼が金額と共に繰り返す。そしてそのまた隣の男、
「レイズ」
「100万、レイズ。1対1です」
 ――そう、問題はこの男である。
 開始から今の今まで、顔色ひとつ変える事のない策士。青峰の今晩の勝負相手はこのいかにもなワインレッドのハンカチーフのいけ好かない男のみである。相手もその所存であろう。そしてこの勝負が、きっと最後の一騎打ちになる。
 黄金の彼が静かにこちらを見詰めてくる。
「Mr.アオミネ」
 男の勝負にのるのか、乗らないのか…そう、青峰に問い掛けている。
 青峰はぐっと口角を引き上げ笑いたいのを我慢して、自身の目の前に積み上げられたチップの山を乱暴に押し出した。
「500とんで3、オールインだ。」
 ほんの、ほんの僅か、黄金は素晴らしく輝かしいその瞳を細めると青峰の言葉を繰り返す。
「503万、オールイン」
 再び見遣られたワインレッドのハンカチーフのいけ好かない男は微笑んで、オールインを"コール"と甘ったるく言いそちらも全てのチップを彼に差し出す。
「コール。では、ショーダウンです」
 ここに集まる客のほとんどは、目の前の黄金の彼の価値にもまるで気付かぬ馬鹿ばかりであるが、しかし惜しい事にそう簡単に独り占め、とはいかぬものであるらしい。先程から男も青峰と同様、彼をちらちらと意味ありげに見詰めては気色の悪い甘い微笑みを浮かべているのだ。
 ここで潰しておかなければ・・・男と青峰、双方そう悟っている。お互い、この目の前の美しすぎる彼を口説くには邪魔な存在なのだ。
 知らぬ内に勝手にこの勝負の景品に仕立て上げられている彼はタイトなベストを実に絶妙に禁欲的に着こなしており、そこから伸びるすんなりとした腕を広げショーダウンを告げる。
 そして美しい所作で流れるように、彼の前で捲られたカード達を示す。
 そのカード達とプレイヤーの手札との組み合わせで、勝負は決まる。
「ミスター、」
 まず男が先に促される。勿体ぶるように裏返えされた手札は6と8…、
「6&8、6から10のストレートフラッシュ」
 彼がよく通る声で宣言する。
 男の手札2枚と卓上のカードが組み合わされ、番号の連続した”ストレートフラッシュ”が完成した。
 高難度の組み合わせに周囲の客から歓声が漏れる。
 男は半ば勝負を確信したような顔で口角をピクリと上げた。我慢しきれなかった笑みがその顔には仄かに浮かんでいる。
 青峰はそれをポーカーフェイスに見詰めた。
 男のように僅かの喜びも垣間見せず、ただ真っ直ぐな瞳で黄金を見返した。
「ミスター、」
 促される。
 嗚呼、ほんとうに吸い込まれそうな程に美しい瞳だ。
 こんなにまで美しいものを、俺は知らない――そう思いながら青峰は、ゆっくりと手札を裏返した。
「ダイヤのキング&クイーン、」
 隣で男が息を飲む音が聞こえた。周囲の客が驚いたようにさざめく。
 しかし、しかしもうすでにそんな事は青峰の感覚野には入り込んで来ない。
 目の前にあるのはただ、
「ロイヤルストレートフラッシュ。
 ・・・勝ちは、アオミネ様」
 バチリと交錯した視線に、青峰はこの夜はじめての笑みを頬に乗せた。

 興奮冷めやらぬ円卓は、青峰の他に座していた男達が不満げに席を立っていったのと共に会場のざわめきのなかに紛れ、見物客も完全に散った。
 その卓に居残った青峰と彼は静かに片付け――青峰は荒稼ぎしたチップを、彼は散らばったカードを――ていた。
 沈黙のなか、青峰はおもむろに1枚のチップを滑らせる。
 スライドした1枚10万の値になる高額チップは彼の目の前に止まり、それに合わせて今夜の勝負を取り仕切ってくれた名ディーラーに青峰は労いの言葉を贈る。
「ご苦労」
「・・ありがとうございます」
 彼は無表情を崩さず受け取ったチップを引き寄せる。卓の勝者がディーラーにチップを寄越すのはごくごく普通のことである。無論、青峰とてこの程度で彼の気を惹けるとは思っていない。そのチップの値が一般よりだいぶ太っ腹なものであろうと、だ。
 片付け終えたチップのあった場所に頬杖をつくと、青峰は改めて美しい彼の横顔を眺める。黄金の、照明の照り返しで黄色とも言える頭髪をした凛とした美貌。気の強そうなキリリと辛い目元が不思議にチャーミングでもある。
「実は俺、ポーカーが下手でさ」
 唐突に語りかける。まさにこれこそ、本物の賭けであろう。彼が反応してくれるかどうかの。
「――信じられませんね。」
 静かに、返答はあった。
 青峰はそれに今にも小躍りしたいのを我慢して、喜びは目を細めて笑うにとどめ続ける。
「嘘じゃねぇさ。いくら相手の手札が読めたって運に見放されりゃ元も子もねぇだろ?・・・だが、今夜は違ったわけだ。珍しく運がよってきやがった。――どうやらあんたは俺の幸運の女神みたいだな。」
「・・・・」
「ああ、ミューズは気に入らなかったか?ミスター・・」
 彼は淡く眉間に皺を寄せる。今夜初めて表情を崩した彼は、やはりこの上もなく美しくそして人間味に溢れていた。
 逡巡の後、彼は小さな声で言った。
「・・・・・・・・キセ、リョータ。」
「リョータ!良い名前だな。じゃあリョータ、今夜の勝ちを一緒に祝ってくれねぇか?」
 憮然とした顔でようやく彼は振り返る。青峰のその名の通り深い青の瞳をしっかと見詰める。
 むすりとした顔も可愛いが、やはり笑った顔が見たい。それはきっとこの上もなく、この上もなく!美しいはずなのだ。
「俺は、ギャンブラーは嫌いなんスよ。ミスターアオミネ」
 青峰はこれにとうとう我慢きかず表情を脂下がらせると、大きな笑みで、囁くように言い含めた。

「嘘は、いけねぇな」

 青峰の胸ポケットには今か今かと出番を待つスイートルームの鍵が眠っている。




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