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 彼女はアルビノだった。
 そして彼女は毎週の礼拝を欠かさぬ敬虔で、そして悩み深き子羊だった。

 どもまでも透き通り、今にも羽ばたいていきそうなほどの繊細さに、目も眩むような美しさに、そしてそのあまりの純粋さに。懺悔室の格子の向こうでひとりの神父は神に跪いてひたすらに感謝した。
 彼女は神が使わしたもうた存在なのであると、神父はもはや、疑うこともしなかった。
 神父にとって毎週末現れる彼女との懺悔室の時間は、もはや逢瀬であった。
 神父の歪んだ信仰心や愛情は一心に彼女へと注がれ、神父は日がな一日、自らの教会に掲げた神にではなく彼女への祈りを捧げ続けた。
 しかしそんな日常――歪みきった日常は、たやすくも崩れ去ることになる。
 ある日曜日、迷える子羊は、告白した。私は結婚するのだと。
 ある男と。婚姻を結び。すでに契りも交わされ・・・彼女は、その日懺悔室の狭い狭い四角い空間の中で、懺悔ではなく、幸福の言葉を、紡ぎ続けた。私はようやっと、身も心も、あのひとのものになれたのだ、と――――神父は聖母のように、天使のように純粋無垢で美しかったはずの彼女が、とうに汚れてしまったことを、知った。
 格子の向こう。まるで目も眩みそうな、美貌の女。そう、彼女は女へと、ただの淫売へと成り下がったのだ・・・・・・・・
 ・・・・その日神父は教会の冷たい冷たい石畳の上で、彼女を犯した。


 そうして彼女は懐妊する。その十月十日後、季節は初夏のことであった。
 彼女は元気な赤子を誕生させる。それは双子の、兄弟だった。
 幸福で、幸福で満ち足りているはずのその瞬間、しかし彼女は絶望の淵へと真っ逆さまに、転がり落ちた。
 抱きかかえることすら拒否した赤子の片方は、青い、青い頭髪をしていた。
 脆く少女のような彼女の心はその時もはや取り返しのつかないところまで粉々になってしまった。彼女は、首を括った。残された夫は双子の赤子をコインロッカーへと捨てた。
 双子のもう一方は、彼女によく似たアルビノの子供であった。色素を失った子供。青髪でも、そして夫のブラウンヘアでもない。
 もしかしてその子のほうだけでも夫の血を引いていたかもしれない。極僅かな確率で、同時期に複数の男性と性交渉を行うことで双子間の父親がそれぞれ違う、という事例も少なからずあった。しかし夫はもう、そんな真実など知りたくはなかった。彼女を失った今、そんな新たな真実になど僅かも、何にも、目を向けたくはなかった。
 目を閉じ、耳を塞いで、すべてを見て見ぬ振りし、銀の硬貨3枚を落として夫は去った。


 しかし。運命とは兎角、残極なものである。
 何の告発もなく、のうのうと教会に留まる神父はある年の立冬の頃、ふたたびの出会いを果たしてしまう。
 それは11月の末、感謝祭行事にて隣県のある教会を尋ねた時のことだった。
 教会には孤児院が隣接されており、ボロの柵を越えて子供が何人か教会内に入り込んでいた。
 そしてそこで、神父は見付けるのだ。
 あの、あの美しく光り輝く、無二の天使の姿を。



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 それは異常な愛と、欲だった。

 それらを一心に向けられて育った少年は、それでもひたすらに美しかった。
 抜けた色素の色味も相俟って、まるで"透明"。それを見て神父は、それこそまさに少年の純粋性の証明だと言った。
 しかしそれは間違いである。少年は確かに美しく、途方もなく浮世離れていたが、少年の髪色も瞳色も、肌色も、ただの病名ある、色素の病気であった。

 アルビノ、一般的に言われる色素欠乏症は銀髪赤目であるが、実際のところ症状の種類がいくつかあり、少年はそのうちの、T型OCA1Bであった。
 色素欠乏、とは簡単に言うと遺伝子の欠損によって先天的にメラニンが欠乏する遺伝子疾患なのであるが、少年のパターンであればメラニンの生成に関わるチロシナーゼという組織がほんの僅かではあるが未だ生きている状態である。それでも充分なメラニンはつくれないのであるが、しかし、成長と共にほんの少しずつ生成されてきたメラニンは塵も積もればというように、僅かずつだが溜まっていく。そしてそれは沈着し、僅かに色を発するのだ。
 故に、少年の頭髪はシルバーブロンドと言うよりもブロンドであったし、瞳の色も、完全に色素が抜け血管の色が透けてみえる赤目ではなかった。

 しかし――まあ、そんなこと神父にとってはまるで関係のないことなのだ。
 神父の教育は、とくに"性教育"は異様なものであった。
 それは少年の精通もない幼い頃から始まり、神父は少年に勃起した自身の一物を見せ付けては、自慰行為を目の前で観察させた。
 幼い頃はなんの疑問も抱かずいたその行為に、しかし少年も成長するにつれ疑問を抱きだす。そしてそれをとうとう"拒絶"する日がくる。
 ――人として当然の反応を起こした少年に対し、神父はみるみる真っ赤になって激昂し、その日はじめて、少年は自身の性器を乱暴に暴かれることになる。それははじめての射精であり、いまだ10にも満たぬ年頃の、ことであった。

 神父を"拒絶"すること――それは少年自身の"恐怖"へと結びつけられ、少年は神父と教会を忌避するようになるものの、しかし心の奥底に植え付けられてしまった恐怖は、子供の手で容易く拭えるものではなかった。求められてしまえば、少年はもはや、拒絶することが、出来なくなってしまっていた。

 成長は、少年をますます美しくさせることしかしなかった。美しくなっていく毎に・・・そして彼女の面影をふと彷彿させる毎に、そういった行為は、より、過激なものへと及んでいった。このまま甘んじてしまえば、いずれ必ず、"そのとき"はきてしまう・・・・しかし少年の心に根付く恐怖は深く、強い。
 しかし、しかし少年の脆い心の中で長年の拒絶と恐怖がぶつかり続けた結果――、少年は、とうとう二度目の拒絶を実行する。
 そして。追ってくる神父の狂気の手の中に、今度こそ、陥落した。
 少年は、とうとう、最後の砦の失うのだった。


『お前もあの女のように私をおとしめると言うのか!淫売になりさがると言うのか!――ゆるさない、ゆるさない、お前は、私の天使なんだ!私だけの、わたしだけの、わたしだけの・・・・・・、わたしだけの、モノだ。』

 その行為は少年に、今度こそ一生抗えない恐怖と、絶望と、そして鎖をはめ込んだ。



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 少年はいずれ、自身がコインロッカーベイビーであることを知る。そして忘れかけた遠い昔、しかし確かに存在した過去、自身がどれほども屈託なく笑んでいた頃、そんな頃があったことを、少年は寄り辺にして成長した。

 そうして。そうして。

 春の過ぎ去った心地よい風のある日に、少年は一冊の、古い日記を見付ける。
 鞣され、使い込まれながらも大事に保管されていたのであろう、日記帳。少年はなんとはなしにそれを開く。
 ひらり、なにかがページの隙間から滑り落ちる。
 それは一葉の写真であった。そこに映っているひとりの女性――――色素の失せた、真っ白な肌の、

 現れた神父は、少年の手におさめられたそれと、そして床に落ちた"彼女"の姿に、
 怒りを、露にした。
 狂ったような行為であった。まるで意味の分からぬ言葉が神父の口からは漏れ続け、それはじわりじわりと少年からすべての気力を奪い取っていくかのようで、少年は圧される頸椎に意識を遠退かせながら・・・・少年は、少年は。すべてを、諦めようとしていた。
 すべてをやめてしまえばいいのだ、と。そう心底から思えた瞬間。少年の心は、これまでなかったほどに、軽くなった。――なんだ、こんなことならもっと早くから、すべてを諦めてしまえば良かった・・・・、もう、生きる事など。
 もう、やめてしまいたいのだ。
 すべてを――すべてを――――しかし、そんな諦念の最中になにかがまるでノイズように、走り抜ける。
 まるで閃光。なにかが――、なにかが。
 心の、奥の、奥の、奥底で。

 少年はその瞬間、身に残っていたほんのほんの僅かな力をすべて込めて、何かを、握り締めた。
 それはただの万年筆だった。シルバーの、鈍く輝くデザインの。
 ろくなスピードではなかった。まるでゆっくりだった。そして決して鋭利ではなかった。ペン先の繊細な意匠はとても強固などではなかった。
 しかし。不思議なほどするりと神父の胸の内へと滑り込んだそれは、まるで打たれた銀の杭のように、決して、抜けることはなかった。



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 衣服の剥ぎ取られた裸体のまま、赤い海をもがき少年は、転がった日記帳に手を伸ばした。そしてそれを捲りだす。まるで狂気を詰め込んだかのような寒々しい几帳面な筆記の、歪んだ文字たちを。
 そこには神父の狂った愛と、欲望と、信心が、書き綴られていた。

『6月18日、晴れ。今日私は天使に出会った。彼女こそが、この地上に舞い降りたもうた神の使いである。嗚呼なんと美しく、神々しく、無垢に光り輝いていることか。彼女を使わせて下さった神に、心からの感謝を捧げます。』

 日記はそれではじまる。
 そして禍々しい愛の日記が幾日も幾日も幾日も幾日も書き綴られ続ける。
 しかしそれはあるページによって、唐突に終わりを告げる。

『あの女は神の使いなどではなかった!汚れきった、畜生め!なんたる仕打ちであろうか、嗚呼神よ、あの女はもはや純潔を失いました。天使であると嘯き、私の信心を弄びました・・・・しかしご安心下さい神よ、あの女の罪は私が裁きました。あの行為の真の尊さを教え、そして夫などという嘘に塗れた汚い男と間違った行為を行なったことを悔やませました。あの女はもはや、他の男になど惑わされぬでしょう。そうです神よ、彼女は我らの子羊、わたしの』

 そこで一端、日記は途切れる。
 何も書き込まれぬ月日が過ぎ去り、そして、ふたたび。

『今日私は、ほんものの天使に出会った。』

 日記が再開される。





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 座り込んだ少年は、抜け殻のように、しばし放心を続けた。
 碌に働かない思考のなかで、わかることが、たったひとつだけあった。

「――――おれは、てんしなんかじゃ、ない 」















この後は黄瀬くんが警察に追われてみたり青峰っちがトラウマとして封印していたかつての黄瀬くんとの記憶を取り戻してみたり、ふたりが不可思議な恋に似たなにかを育んでみたり・・・・そして夏の終わりとともに、黄瀬くんがばいばいをしたりするかもしれません。


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