Happily ever after !
/スタンド・アップシリーズ設定のNY青黄
/お題「スタンド・アップシリーズの設定でパパラッチも思わずほんわかする青黄爆ぜろ話」



 11月の第4木曜日を、アメリカではサンクスギビングデイと呼ぶ。この日はアメリカのナショナルホリデイのひとつであり、由来としては神の恵みを感謝し収穫を祝ったのが始まりとされている。つまり宗教的な祝祭日という事なのだが、現代ではそういった意味合いは随分薄まって久しい。
 一般の認識として、この日は親類縁者友人達とのパーティでありターキーでありメイシーズ百貨店のパレードであり、NFLの特別試合である。年間で有数のお祭り行事の日だった。
 そしてこの木曜日の翌日を、またアメリカではブラック・フライデーと呼んだ。この日から季節はサンクスギビングを終え、ホリデーシーズンに突入するのだ。ホリデー、つまりクリスマスシーズンの開始である。そこにサンクスギビングデイのプレゼント商戦の売れ残り一掃セールが重なって、この日アメリカの道々は人波で黒く染まり、そして店々の売り上げは黒字に染まるのだ。
 この頃から街は次第にクリスマスカラーへと変貌していく。極め付けにロックフェラー・センターの巨大ツリーが点灯式を迎えれば、アメリカ冬の風物詩の出来上がりである。きらびやかで、騒がしく、様々な文化が混ざり混ざって出来るアメリカ――とくにここNYのクリスマスは、まさに世界の中心が如くの渦を巻いていた。

 黄瀬は、そんなNYのクリスマスを今年初体験する。
 この地に移り住んで早数ヶ月が経過していた。多くの波乱に満ちた一年がようやく終わろうとしているのだ。彼とともに新たな生活を開始した、この地で。
 彼との幸せな日々。そんな日々の中、クリスマスという季節をここまで実感するのは今年が始めてだと黄瀬は思う。その言に惚気が混じっている事は否定しないが、しかしそう思う理由もちゃんとある。
 これまで東京・パリと大都市に居を構えてきたが、こうまでクリスマスという行事に沸きに沸く都市ははじめてであったのだ。そして黄瀬の仕事のこともある。モデルという職業にとってのクリスマスとは、一般とは少々事情が違う。クリスマス商戦用の撮影は既に何ヶ月も前に撮り終わり、とうのこの時期にはすでに来年の春夏モデルの撮影に入っていたりする。
 黄瀬もその通りで、先日のブランドモデル撮影では鮮やかなスプリング・グリーンが美しいショートトレンチコートを羽織ったばかりだった。因みにそのグリーンのコートは気に入って買い取りをした。そしてサイズと色違いのものをもう一着。浅い色合いのレッドのコートが彼に映えると思ったから。主張の過ぎない彩度の低い朱は褐色の肌によく馴染み頭髪のブルーを補色する。
 冬の真っ盛りに春物のコートを持ち帰ってきた黄瀬に彼は不思議そうな、呆れた様な顔をしたけれど、彼が存外黄瀬に服を選んでもらうのを好んでいることに黄瀬はとうに気付いている。そんな彼のファッションは最近めっきり好評の一途であり、黄瀬はそれにひっそりと満足するのだ。
 どれだけの人が、彼のファッション――姿形――佇まい全て――の背後に、黄瀬の影を感じ取るだろう。
 黄瀬が彼にすべてを委ねることへなんの抵抗もないように、彼もまた黄瀬にすべてを易々と委ねるのだ。そこには途方もない程深い信頼関係がただ無造作に横たわっている。


 衣装部屋から顔を出した黄瀬が、リビングのソファに腰掛けた背中に声をかける。
「そろそろ」
「おう」
 黄瀬の選んだ渋めの黄色のマフラーで首元をもこもこさせた青峰が振り返る。すっかり着替え終わった黄瀬の様子を見て、青峰はふっと小さく笑う。まるで、しょうがねぇなぁとでも言う笑み。黄瀬はそれにちょっと気恥ずかしそうにして、青峰とお揃いの深い青のマフラーに顔を埋めた。
「行くか」
「うっす!」
 暖房を切った部屋はすでにじんわり外の冷たさに侵されはじめていた。アメリカに移り住んでも靴を脱ぐ習慣を変えなかったふたりの爪先に、それはぐさぐさと襲い来る。
「つめたー青峰っちちゃんと靴下2枚重ねした?」
「ん。」
「えらいっす!午後から雪降るって言ってたから、ブーツ履いてね〜」
 玄関に靴をふたつ並べる。ほんのちょっとだけ大きな方が青峰の、ほんのちょっとだけ小さな方が黄瀬の靴。
「いってくる」
「はーい、いってきます〜」
 すでに染み着いた癖で挨拶をして、青峰と黄瀬は凍る寒さのNYの街へと繰り出した。


 黄瀬がこの地へ越してきたのはまだ数ヶ月程度であるが、青峰がこの地に居を構えてはもう幾年かになる。
 大学・NBA下部リーグと渡米以来長年親しんできたロサンゼルスの地を離れたのは、NBAトップリーグチームへの移籍が故だった。念願だったトップリーグへの昇格、青峰は決して好条件とは言えない契約にも直ぐ様頷いた。そして現在、青峰はチームの欠かせぬキープレイヤーへと成長している。
 そんな本拠地をニューヨーク州ブルックリンに置き、世界的にも知名度の高いチームがアメリカのクリスマス商戦を逃す筈もなく、今年の12月25日はNYに本拠を置く2チームの特別試合が予定されていた。当然、青峰もその試合に出場予定である。
 今日はそんなクリスマスゲームを前にした最後のオフ日であり、久しぶりにふたりそろって出掛けられる、待ち望んだデートの日でもあったのだ。

 久しぶりのメトロに乗ってマンハッタン島に上陸したふたりは、駅を出た途端身を包むこの季節特有の街々の雰囲気にしばし見蕩れた。
 ゆっくりと足を踏み出し、まず王道のフィフス・アヴェニューへ。特に有名ブランドが軒を連ねる高級ブティック街周辺はここNYのなかでも随一の賑わいと華やかさを魅せる通りであり、上品かつ絢爛な装飾にただ歩くだけでも心踊らされるものだ。
 人波を縫いふたりは通りを北から南へ。島を縦断するかたちで真っ直ぐに伸びるこの道を行けば、ファッションもアートも自然も文化も、NYの著名な名所のその多くを体感する事が出来る。
 ハーレム以南からスタートした気ままなウィンドウショッピングに青峰も黄瀬もああだこうだと会話を弾ませて、時にガラスにへばりつきながらお互いのクリスマスプレゼントについて話し合う。袋を携え店から出てきては、「違うっすもん!これは青峰っちにじゃなくて、黒子っちにだもん〜」と嘯いて、「違げーし。これはチームメイトに子供が産まれたっつうから・・・」とはぐらかす。
 通りを南下する毎に増えていくショップ袋を担いで、ふたりの気分はまるでサンタクロースだった。家族に、友人に、仲間達に、この一年間の感謝も込めてひとつひとつプレゼントを選んでいく。そのどれかに恋人へのプレゼントもそれぞれ混じっているのであるが、それは未だ秘密。ふたりだけの、帰ってからのお楽しみ。
 セントラル・パークを右手に見ながらふたりはますます南へ。
 途中、ホットドック屋台で遅めの昼食を挟みつつ腹ごなしが済めば次はセントラル・パーク以南のゾーンである。街はミッドタウン地区に突入しこれまでとまた違った賑わいと喧騒を見せる。旅行者やオフィスワーカーの姿がぐっと増えてきて、まさにNYという様相だ。
 そして陽がほんの僅かずつ陰り出してきた頃――、
「あ!青峰っち!」
「おー!」
 乱立するオフィスビル群の真ん中に、ドンと出現した一本の大きな大きな、

「クリスマスツリーだ!」

 NY冬の名物、ロックフェラー・センターの巨大ツリーだった。


 ロックフェラー・センターと言えば、NYのオフィスビル群を代表する超高層複合施設だ。言うまでもなくNYの一等地に高く聳えるこのビルヂングには、アメリカを代表する超有名企業がオフィルを列ねており、特にメディア部門のスタジオを多く抱えている。青峰も黄瀬も、地元局の取材や撮影等で幾度か足を運んだ事があった。
 その時の気持ちは、周りを多く行き来するスーツ姿のビジネスマン達と同様のものであった。仕事でやって来ていたのだ。しかし今日は違う、辺りを見渡せば自然目に入って来るのは早歩きのスーツ・ガイ達ではなく、色とりどりのコートに身を包み友人や家族・恋人と寄り添う休日の人々の姿だった。
 自らの気の持ちようで、こうまで風景は変わって見えるのかと、黄瀬はどことなく面映くなって傍らの青峰のカシミアコートに寄り添った。摘まれた袖に気付いた青峰が片眉を上げて振り返る。少しだけ意地の悪い顔、右頬の口角を上げて悪戯っぽく首を傾げ言う。
「滑るか?」
 顎で差した先、それを黄瀬は見なくとも理解してとても意外そうに目を見開いた。
「えっでも荷物・・」
「んなもん預けれんだろ。ほら!」
 袖を控え目に捕らえていた黄瀬の掌がぐっと力強く引っ張られる。
 綺麗に造形された植木、彫刻を飾る噴水、美しく整えられた中央広場は乱立するオフィスビル群のただ中にぱっと現れた都会のオアシスだ。息抜きや観光に多くの人々が集う憩いの広場。冬の寒さに負けない緑の間を抜ければ光り輝く巨大ツリーが目の前になる。
「ぅわ・・」
「こっちだ。」
 陰り出した空を背景に、ロックフェラー・センターの独特の造形が光を帯びて浮かび上がりはじめている。そしてその正面の大きな大きな、とてつもなく大きな樅の木。半地下の広場をぐるりと囲む万国旗に、滝を模した噴水と堂々たる黄金のプロメテウス像。
 見蕩れる黄瀬を他所に青峰はぐいぐいと歩を進める。
 すれ違う人々が幾人か振り向いて、黄瀬の金髪を、そして青峰の青髪を驚いたように目で追った。
 あおみねっち、黄瀬は戸惑いそう声をかけようとした。しかしそれを遮るかたちで青峰のもうずいぶんと板についた英語が耳に飛び込んできて、はっと前を向き直ればいつの間にやらそこはもう――。
 早口の英語は黄瀬に対しての言葉ではなかった。青峰に声をかけられた係員が気安く荷物を受け取ると、変わりに一足のシューズを取り出してくる。
 サイズを確認し、青峰がようやっと振り向く。
「お前サイズこれでよかったよな?っし、荷物貸せ預けるぞ。」
 ――にっと盛り上がる頬の肉。黄瀬はなにより出会った頃から変わらないこの青峰の笑顔に弱かった。
 逡巡を捨て、しかたないなぁと黄瀬は眉を下げ笑い一足先にシューズを履き替え氷上に降り立った青峰に手を差し出す。
 エスコートするように、やさしくやさしく、その手はとられた。


 アメリカはNY、冬の風物詩であるロックフェラーの巨大ツリー、その半地下になった正面広場は年中様々な催し物が開催される有名名所だ。オープンカフェや各種イベント、そして冬になればそこは見事なアイススケート・リンクへと様変わりする。
 恋人や友人同士で手を取り合い微笑ましく拙く氷上を滑走する人々を一段上がった広場から幾人もの見物客が眺めている。
 そんな衆目を集めるただなかで、青峰と黄瀬はもう開き直る事を決めてするりと足を踏み出した。
「わっわっ」
「お、っと。転けんなよー?」
「ん、」
 思えば初体験になるスケートに、黄瀬が恐る恐ると足を前後させる。
「ぅわ!あぶな、」
「っくは、お前でも下手くそなことあんだな!」
「う、うるさいっすよー!」
 転げそうになって思わずと目の前の身体にしがみつけば、がっしりと逞しく受け止めてくれた青峰が面白そうに笑う。意地悪にも折角受け止めてくれた身体も直ぐ様突き放されて、黄瀬は慣れぬ氷上にまるで産まれたばかりの子鹿のようにぷるぷると放置される。
 なんとも心許ない表情をして、どうにか立っているという風な黄瀬は青峰の笑いを誘うとともにとても可愛らしいもののように映った。
 浮ついたクリスマスの雰囲気に押されるまま、青峰は心の踊るままにその場でくるりと一回転する。するすると黄瀬の周りを滑るその脚に淀みはなく、青峰がスケート経験者である事をそれは語っていた。
「青峰っち、なんでそんなうまいの?」
「小さい頃さつきん家族と一緒に冬はよくスケート行っててなー」
 案外忘れねぇもんだな、とまたにっと晴れやかに笑う。自転車の漕ぎ方と一緒で、それは一生ものの技術なのかもしれない。
 それなら、と黄瀬は思う。
「む。くっそ悔しい・・・」
 黄瀬の瞳が一瞬にして真剣味を帯びる。そして全ての動作を見逃さないとでも言うように、青峰の存在という存在を注視する。
「ッブ!こんなとこで本気だしてんなよ!」
「うるさい!今集中してんスから!」
 自身のコピー能力まで引っ張り出して、黄瀬は集中に入る。
「ちょっ青峰っちそこら辺てきとーに滑って!見るから!」
「へーへー」
 呆れ気味に笑った青峰が、再び黄瀬の周りをするすると滑り出す。力のいれ方、エネルギーの流し方、上体の保ち方・・。これが一生ものの技術だというのなら、黄瀬は青峰からそれを授かりたかった。どんなものであろうと、自身のなかに青峰という存在を染み着けるのはこの上もなく喜ばしい事だった。
 これからきっと一生、黄瀬はスケートを見る度する度に、青峰という存在を確かに自身の中に発見するのだ。
 それはなんて、なんてすばらしいことだろう。

「っわ!?」

 インプットした青峰の動きを頭の中で黄瀬が反芻していると、急にぐいっと腕を取られてそのままずるずると氷上を連れ出される。
「ちょ、待って!」
「いけるって!ほら、滑れ!」
 ひとり滑る事に飽いたのか、悪戯っ子の表情の青峰が目の前にある。
 向き合うかたちで器用に後ろ滑りをする青峰は捕らえるようにがっちりと黄瀬の両腕を握っていて、逃がしてくれそうな余裕はそこにはない。
「まっ・・こわ、怖いっす!」
「俺の動きコピーしたんだろ?自分で滑ってみろって!」
 容赦なくリンクを大股でぐるぐる回る青峰に、黄瀬の体勢はすっかりへっぴり腰だ。腕を引かれるままに地面は滑っていって、景色は流れていく。ぎゃあぎゃあと日本語で馬鹿みたいな言い合いをして、ふたりはもうすでに周囲の人間の事など完全に思考の中から消していた。
「いけるいける!足動かせ!」
「も、ばかー!パーフェクトコピー舐めんなっす!意外と難しんだっつーの!!」
 繋いだ手は離れない。衆目など知らない。捕らえるように強く握った青峰の手も、縋るように強く掴んだ黄瀬の手のひらも。まるで凸と凹が噛み合うようにしっくりと繋がるその手と手は、いつなんどき、そしてなにがあろうとなんであろうと、常に互いに勇気と安寧と愛を与え、そして今後一切離れる事はないのだ。
 黄瀬の足がおずおずと踏み出される。
「そう、氷を蹴るみてーに。」
 引かれるままだった身体が、ゆっくりと自らの力で氷上を漕ぎ出す。ぴんと張っていた腕の力が抜けてきて、青峰の一歩一歩に黄瀬の歩幅のリズムが合ってくる。
「出来んじゃねーか!」
 正面で青峰がにっと大きく笑って万遍の笑みで黄瀬を迎える。
「出来たー!」
 それに応えるように、ぐんと力強く氷上を蹴った黄瀬が勢いの侭青峰に飛びついた。勢いのついた抱擁に青峰の身体がそのまま後ろに滑って、そしてドンとリンクサイドの柵に当たり止まる。

「いってー!」
「っふは、あはは!」

 顔を見合わせ、ふたりは抱き合ったまま声を上げて笑った。
 青峰が覆い被さるように抱き着いて来るので黄瀬の背は弓なりに大きく反って、重みにバランスを崩せば支えるようにそこに太い腕が絡まる。ぎゅっと。
 黄瀬が選んだ青峰の着るカシミアコートはとても肌触り良く、温かかった。心の底まで、あたたまるようだった。
 こんな開けっぴろげに、心のままに引っ付いていられることが恥ずかしくも嬉しい。幸せとはまさにこのことだと疑いようもなく思える。
 あとたった数日で終わろうとしている今年を思い返す。これまで積み重ねてきた黄瀬と青峰の関係すべてを凝縮した様な、そしてそれが引っくり返されてしまう様な、そんな波乱の一年だった。
 それら大きな波打ちをどうにかふたりで乗り越えて、今日のこの日がある。
 大手を振って寄り添い、抱き締め合い、愛しい愛しいと書いた顔で笑い合う。

「Whew !」
「It's getting hot !」

 冬の空気を軽快に裂くように、ピュゥと一吹き口笛が響いた。
 お熱いね!と続いた声に黄瀬は顔を赤くしたが、青峰はいいだろうと自慢でもするように大きく胸を張る。
 氷のリンクを溶かさんばかりの熱々ぶりに、最初は予想外のふたりの登場に驚いていた周囲もすでに呆れ気味に見守るばかりだ。
 幸福を体現するように笑う青峰と黄瀬を、そして多くの恋人・家族・友人達を、ロックフェラーの巨大な樅の木は大らかに見下ろしていた。 
「Show me your kiss !」
 ひやかしの声に、青峰がにっと少年のままに笑う。
 見物客の向こうでカメラを構えていた街の何処にでもいるパパラッチをふいに指差し、見てろよ!と不器用なウインクを飛ばす。
 嫌な予感に素早く距離をとろうとした黄瀬を力強く青峰は引き止めて、

「ちょ!待っ!」
 
 暮れた空はやわらかな幸福の花弁を降らせはじめていた。





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